「マリー・ド・メディシスの生涯」の版間の差分

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=== 『公女の誕生』 ===
[[File:Peter Paul Rubens 045.jpg|alt=''The Birth of the Princess, in Florence on 26 April 1573''|thumb|left|『公女の誕生』<br />({{Lang-fr-short|La Naissance de la reine}})]]
2点目の作品は『公女の誕生』と呼ばれている。1573年4月26日にマリーが生まれたときの絵画で、様々な象徴や寓意が多数描かれている。画面左下には2人の[[プット]]が、マリーの紋章が刻まれた盾を手にして踊っている。これは、天界が新たなメディチ一族が生まれたことを喜んでいることを意味している。画面右下に描かれている川の神は、おそらくメディチ家の故郷であるフィレンツェを流れる[[アルノ川]]の象徴である。嬰児マリーの頭上には豊穣の象徴である[[コルヌコピア|ヤギの角]]が描かれ、マリーの将来に栄光と幸運が訪れることの予兆となっており、ライオンは権力と精神力の象徴となっている<ref>Matilde Battistini, Symbole und Allegorien</ref>。マリーの頭上には輝く[[光背|円光]]があるが、これはマリーがキリスト教徒であることを表現しているのではない。この円光は皇帝の象徴であり、マリーの神性と将来のフランス統治を意味している<ref>Saward, pp.32-33</ref>。また、マリーは[[金牛宮|牡牛座]]の生まれとされているが、この作品には[[人馬宮|射手座]]を象徴する半人半馬が描かれ、王権を守護神する役割を与えられている<ref>Saward, pp. 29-30</ref>。
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=== 『公女の教育』 ===
[[File:Peter Paul Rubens 039.jpg|alt=''The Education of the Princess''|thumb|『公女の教育』<br />({{Lang-fr-short|L'Instruction de la Reine}})]]