「合同法 (1800年)」の版間の差分

m
編集の要約なし
m
 
'''合同法'''(ごうどうほう、{{Lang-en-short|Acts of Union 1800}})は、[[グレートブリテン王国]]において定められた、[[アイルランド王国]]とグレートブリテン王国との合併を定めた法律。これに従い、[[1801年]][[1月1日]]に[[グレートブリテンおよびアイルランド連合王国]]が成立した。
 
この法律は[[イギリスの議会|グレートブリテン議会]]および[[アイルランド議会 (1297-1800)|アイルランド議会]]の双方で可決成立した。アイルランド議会には、1782年制定の[[アイルランド憲法 (1782年)|アイルランド憲法]]により大幅な自治権が認められていた。このため1799年に合同法が提案された際には[[ヘンリー・グラタン]]など多くの議員が法案に反対している。しかしグレートブリテン議会による働きかけと1798年に発生した[[{{仮リンク|アイルランド反乱 (1798年)|en|Irish Rebellion of 1798|label=アイルランドの反乱]]}}により、合同法が現実味を増すようになった。最終的に、グレートブリテン政府から地位や土地を送られる形で賄賂を受けたアイルランド議会議員たちは法案を可決した。
 
合同法でアイルランドは、合併後の議会において100以上の議席を確保することとした。これは当時の人口比よりも多い。アイルランドにおける信教の自由も保証され、[[カトリック教会|カトリック]]教徒が議員となることも許可されたが、これはアイルランド議会においては許されていないことであった。[[カトリック解放]]については国王[[ジョージ3世 (イギリス王)|ジョージ3世]]が強硬に反対したため、その施行は1829年まで引き延ばされている。