「本線 (青森市営バス)」の版間の差分

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=== 廃止系統 ===
==== 青柳経由本線 ====
 1992(平成4)年青柳経由市内線として運転開始。それまであった国道より北側を通る石森橋経由市内線・本町経由市内線・うとう橋経由市内線の3系統(いずれも後述)を統合したものである。東部営業所の野内地区移転(2000年)のあと、そのまま本線のなかの1系統となった。2013(平成25)年10月1日から運休、2014年3月31日限りで正式廃止。代替として2013年10月から[[青森市市バス]]青柳線が青森駅前-青柳橋-県立中央病院前で運行。
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:(廃止時の運行経路)
:* 当初は30分程度の間隔での運行であったが、次第に減便が進んでいった。
 
==== 山の手経由本線 ====
 運行開始当時は「山の手線」。青森駅-東部営業所間を、古川-文化会館前<ref>かつての「橋本小学校前」、あるいは「浦町駅通り」。</ref>間を旧線路通り経由で結んだ系統。かつては、古川こ線橋下を経由して青森駅に乗り入れていた<ref>青森市『青森市史 第6巻 政治編』折込の路線図</ref>。もともと多数やがて、市内線なかの1系統となる。かつては1時間に2便数が運行されている時期もあったが、やがて徐々に便数を減らしていき、東部営業所から青森駅行きの一方向のみの運行となった。それから直後急速極端に便数減らされ、1978(昭和53)年頃には平日朝だけ2便のみの運行となった。それでも、20002001(平成12)年3月31日まで運行が続いた。最後は青森駅行き片道朝1便のみの運行であった。
 
:(廃止時の運行経路)
 
 
==== 本町経由市内線 ====
 創業時から運行していた大町回り(経由)本線の系統を踏襲するものであった。1992(平成4)年にうう橋もとは国道経由・石森橋経由とに次ぐ便数の多い系合され、であった。大町通りは柳経由市内線森の町発足以来の中心街ではあったが、1970年代になる人口減少が目立つようにり、次第に減便が進んでいった。1992年廃止
 
:(統合廃止直前の運行経路)
:青森駅-新町二丁目ー本町二丁目-本町五丁目-青柳二丁目-青柳橋-堤橋(堤町交番西側)-(国道4号)-合浦町-合浦公園前ー(県道造道久栗坂線)-保健所前-東部営業所
 
==== 石森橋経由市内線 ====
 1932(昭和7)年運行開始の浜町線の流れをくむ。当初は安方通りと浜町通りを経由した。1960年代を過ぎると、安方通り経由から新町通り経由に変わるが、浜町通り・石森橋を経由するところは変らなかった。後に市内線のなかの1系統となった。ただし、1日数往復の、それほど便数の多い系統ではなかった。1992年廃止。
 
:経路(廃止時)
:青森駅-新町二丁目-(柳町通り)-本町三丁目-石森橋-東北電力前-公園西口-市営競技場前-合浦町-(国道4号)-合浦公園前-(県道)-保健所前-東部営業所
 
==== うとう橋経由市内線 ====
 1958(昭和33)年に運行を開始した寺町線の流れをくむ系統である。1967年のうとう橋開通以降、堤橋経由からうとう橋経由に変更されたとみられる。やがて市内線のなかの1系統となり、多くの便数が運行されるようになるが、本町経由と同様、1970年代に減便が進み、1992年に廃止された。
 
:(廃止時の運行経路)
:青森駅-新町二丁目-本町一丁目-うとう橋-茶屋町-合浦小学校前-栄町二丁目-(国道4号)-合浦公園前-南造道-県立中央病院前-東部営業所前
 
==== 甲田橋経由市内線 ====
 1960年代中頃近くに運転が開始されたものと思われる。当初は南栄町線と呼ばれた。1970(昭和45年)前後から甲田橋経由市内線となる。廃止直前には明の星高校前発着で、東部営業所発着行かない便のみとなっていた。1977(昭和52)年5月24日に甲田橋を経由する[[青森市営バス東部営業所#南佃線|佃線]](1979年に[[青森市営バス東部営業所#南佃線|南佃線]]と改称)の運行開始に伴い、途中の経路に重複がある甲田橋経由市内線は廃止されたとみられる。
 
:(廃止時の運行経路)
青森駅前-新町一丁目/古川一丁目-古川-堤橋-甲田橋-花園二丁目-浪打小学校前-明の星高校前
 
==== 合浦経由市内線 ====
 1950年代後半(昭和30年代前半)頃から1977(昭和52)頃まで運転されていた。
 
 古川-浦町駅通り・堤橋間と合浦公園前-東部営業所間で国道を、西門町<ref>現在の[[青森市市バス]]青柳線合浦公園西口</ref>-蜆貝付近<ref>現在の青柳一丁目の浜町通り沿い</ref>を海岸寄りの経路を通るのが特徴。