「川勝平太」の版間の差分

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 (6)リニア計画の審議会答申前に行われたパブリックコメントでは73%が否定的だった。コロナ禍の中でリニア計画の根本的見直しの声が各界から上がっている今こそ、政府はリニア計画の中間評価・見直しを行うべきではないか?<ref>{{Cite web|title=リニア騒動の真相51川勝知事「反リニア」へ転向? {{!}} 静岡経済新聞|url=https://shizuokakeizaishimbun.com/2020/08/16/rinia51/|website=shizuokakeizaishimbun.com|date=2020-08-16|accessdate=2020-10-22|language=ja}}</ref>
 
=== 地域中韓外交 ===
* [[2010年]]1月の中国訪問に際し、川勝は「訪中を通じて(石川前知事から)教えを受けたい」<ref name="shizuoka20100107">「知事、10日から訪中――習副主席と面会へ」『[http://www.shizushin.com/news/pol_eco/shizuoka/20100107000000000009.htm 静岡政治・経済:知事、10日から訪中 習副主席と面会へ]』[[静岡新聞社]]、[[2010年]][[1月7日]]。</ref>と述べ、石川に対し同行を要請した。石川はこの申し出を承諾したため、川勝と石川の両名が[[中華人民共和国副主席|副主席]]の[[習近平]]らと会談することになった<ref name="shizuoka20100107"/>。
* [[2013年]]4月30日、韓国・忠清南道と友好協定を締結した<ref>[http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2013/04/30/0400000000AJP20130430003000882.HTML 韓国・忠清南道と静岡県 友好協定を締結]</ref>。
 
=== その他 ===
* 前任の静岡県知事だった石川嘉延と交流があり、石川の知事在任中はブレーンを務めた。石川は川勝が提唱した「富国有徳」をキャッチコピーとして取り入れたうえで、川勝を静岡文化芸術大学の学長として招聘している。知事就任後は、前任の石川の県政運営について「16年間の実績はすばらしい」<ref>松久英子・浜中慎哉・竹地広憲「静岡空港・日航福岡便、搭乗率保証見直しへ」『[http://mainichi.jp/area/shizuoka/news/20090709ddlk22010191000c.html 川勝知事:「融和姿勢」を鮮明に--初登庁 /静岡 - 毎日jp(毎日新聞)]』[[毎日新聞社]]、2009年7月9日。</ref>と発言するなど評価する姿勢を示し、石川の施政方針を継承しつつ新たな総合計画を策定すると表明した<ref>「静岡文芸大空席の理事長――川勝知事就任へ――県議会」『[http://www.shizushin.com/news/pol_eco/shizuoka/20090727000000000050.htm 静岡政治・経済:静岡文芸大空席の理事長 川勝知事就任へ 県議会]』静岡新聞社、2009年7月27日。</ref>
* 知事就任後は、前任の石川の県政運営について「16年間の実績はすばらしい」<ref>松久英子・浜中慎哉・竹地広憲「静岡空港・日航福岡便、搭乗率保証見直しへ」『[http://mainichi.jp/area/shizuoka/news/20090709ddlk22010191000c.html 川勝知事:「融和姿勢」を鮮明に--初登庁 /静岡 - 毎日jp(毎日新聞)]』[[毎日新聞社]]、2009年7月9日。</ref>と発言するなど評価する姿勢を示し、石川の施政方針を継承しつつ新たな総合計画を策定すると表明した<ref>「静岡文芸大空席の理事長――川勝知事就任へ――県議会」『[http://www.shizushin.com/news/pol_eco/shizuoka/20090727000000000050.htm 静岡政治・経済:静岡文芸大空席の理事長 川勝知事就任へ 県議会]』静岡新聞社、2009年7月27日。</ref>。
* [[2013年]]9月9日、小学校学力テストで静岡県が全国最下位だったことを受け、県内の学力下位の小学校の校長名を公表すると発言(その後撤回し、学力上位の小学校の校長名を公表した)。
* [[2016年]]4月26日、定例会見で、米軍から新型輸送機[[V-22 (航空機)|オスプレイ]]への体験搭乗を招待されたが、断ることを明らかにした。オスプレイの安全性に懸念を示しており、「(搭乗は)できる相談ではない」と述べた<ref>[http://mainichi.jp/articles/20160427/k00/00e/010/242000c オスプレイ試乗拒否 「自衛官が安全性確認を」] [[毎日新聞]] 2016年4月27日</ref>。
 
=== 富国有徳 ===
川勝は自著『富国有徳論』などの中で「富国有徳」という概念を提唱している。第84代[[内閣総理大臣]]の[[小渕恵三]]は、意味は分からないもののこのことばに感銘を受け、自らのモットーの一つとして「富国有徳」を挙げていた<ref>「小渕“先生”への質問」『[http://www.kantei.go.jp/jp/kidsold/school/school_question.html 小渕総理、学校へ行く]』内閣官房内閣広報室。</ref>。[[施政方針演説]]の中で「富国有徳」について触れており<ref>「第百四十七回国会における小渕内閣総理大臣施政方針演説」『[http://www.kantei.go.jp/jp/obutisouri/speech/2000/0128sisei.html 第百四十七回国会における小渕内閣総理大臣施政方針演説]』内閣官房内閣広報室、2000年1月28日。</ref>、この理念の下で教育立国と科学技術創造立国を実現すると主張した<ref>「小渕総理から君たちへ(第147回国会・施政方針演説から)」『[http://www.kantei.go.jp/jp/kidsold/ginga/kimitachi.html 小渕総理からのメッセージ]』内閣官房内閣広報室。</ref>。首相就任後、小渕は「21世紀日本の構想」懇談会を設置し、その委員に川勝を選任した<ref name="990517menba" />。川勝は第四分科会にて座長を務め、懇談会のまとめた報告書に「富国有徳」の概念を盛り込んだ<ref>『[http://www.kantei.go.jp/jp/21century/houkokusyo/4s.pdf 日本のフロンティアは日本の中にある――自立と協治で築く新世紀]』「21世紀日本の構想」懇談会、2000年1月、95頁。</ref>。
川勝は自著『富国有徳論』などの中で「富国有徳」という概念を提唱している。
 
第84代[[内閣総理大臣]]の[[小渕恵三]]は、意味は分からないもののこのことばに感銘を受け、自らのモットーの一つとして「富国有徳」を挙げていた<ref>「小渕“先生”への質問」『[http://www.kantei.go.jp/jp/kidsold/school/school_question.html 小渕総理、学校へ行く]』内閣官房内閣広報室。</ref>。[[施政方針演説]]の中で「富国有徳」について触れており<ref>「第百四十七回国会における小渕内閣総理大臣施政方針演説」『[http://www.kantei.go.jp/jp/obutisouri/speech/2000/0128sisei.html 第百四十七回国会における小渕内閣総理大臣施政方針演説]』内閣官房内閣広報室、2000年1月28日。</ref>、この理念の下で教育立国と科学技術創造立国を実現すると主張した<ref>「小渕総理から君たちへ(第147回国会・施政方針演説から)」『[http://www.kantei.go.jp/jp/kidsold/ginga/kimitachi.html 小渕総理からのメッセージ]』内閣官房内閣広報室。</ref>。首相就任後、小渕は「21世紀日本の構想」懇談会を設置し、その委員に川勝を選任した<ref name="990517menba"/>。川勝は第四分科会にて座長を務め、懇談会のまとめた報告書に「富国有徳」の概念を盛り込んだ<ref>『[http://www.kantei.go.jp/jp/21century/houkokusyo/4s.pdf 日本のフロンティアは日本の中にある――自立と協治で築く新世紀]』「21世紀日本の構想」懇談会、2000年1月、95頁。</ref>。
 
第49~52代[[静岡県]]知事の[[石川嘉延]]も「富国有徳」の思想に賛同した一人であり、静岡県の県政のキャッチコピーとして「富国有徳――しずおかの挑戦」を掲げた。また、石川は[[学校法人静岡文化芸術大学]]理事長を兼任していたが、学長だった[[木村尚三郎]]が死去すると、石川は後任の学長として川勝を招聘した。その後、川勝は静岡県が設置した「理想の学校教育具現化委員会」にて委員を務めるなど<ref>理想の学校教育具現化委員会編集『[https://www2.pref.shizuoka.jp/all/file_download2100.nsf/8605B8BDA3EDCD2B492574F00001022F/$FILE/proposal.pdf 理想の学校教育の実現を目指して(提言)]』[[静岡県教育委員会|静岡県教育委員会生涯学習企画課]]、2008年10月、資料2頁。</ref>、石川県政のブレーンの1人として活躍した。石川の後継者を決める静岡県知事選挙への立候補に際し、川勝は「石川知事が私の言葉を引用してくださったのも、ここ静岡県に“理想の日本”を創る、という私の使命感につながる」<ref>{{Cite web
|accessdate = 2009-07-10
}}</ref>と語っている。
 
 
 
=== 憲法・安全保障を巡る発言 ===
|accessdate = 2009-07-10 (JST)
}}</ref>。川勝知事は記者に対して「まず誤解を解かなければいけません。新しい歴史教科書をつくる会ですか。一度もメンバーになっておりません。あれは最初会長になった[[西尾幹二]]という方が電話をかけてこられて、歴史教科書についてどう思うか、私の観点では日本史と東洋史と西洋史が分けられているのがおかしいと、そしてそれが選択科目になっているのがおかしいと、そういう観点での歴史教科書についての疑問があったので、教科書を見直すというのであればいいと、ところが御承知のように蓋を開けたところ特定の問題について必ずしも歴史家でない人たちが自らイデオロギーを論じる場になっていたので、一度もメンバーになっていません。それが誤解されてですね、あなたは中日新聞ですか、朝日新聞でも、教育再生会議の委員になったときに最初の版で、私がメンバーであるとお書きになって、それは調べてみたら違ったと、それで外されました。ですから私はメンバーではありません。」と語った<ref name=sitsugi/>。
 
沼津駅高架線事業を巡る主張の変遷による混乱
 
民主党の支持を受けて、沼津駅高架線事業を不要とし、貨物駅不要論、強制収用も用いないと主張していた。その後、前知事の路線に戻したたが謝罪しなかった川勝知事の横やりで10年近くも遅れた。市関係者は「沼津市民も県知事として川勝さんを選んだ責任は大きい」とあきらめの心境だ。川勝知事の「貨物駅不要論」に翻弄された栗原元沼津市長は「4年間は知事の貨物駅不要論で事業は完全にストップした。知事に沼津市のこれまでの取り組みや貨物駅の必要性を何度も説明したが、まったく聞く耳を持たなかった。ただの巧言令色である。政治家として責任を取ることはなかった」と批判した。
 
<ref>{{Cite web|title=強制収用へ一転、静岡知事が翻弄「沼津駅高架」 {{!}} 駅・再開発|url=https://toyokeizai.net/articles/-/391735|website=東洋経済オンライン|date=2020-12-02|accessdate=2020-12-24|language=ja}}</ref>。
 
 
== 略歴 ==
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