「タバコ浣腸」の版間の差分

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当時の医学者にとって、仮死状態にある患者への適切な治療とは、温めることと刺激することだった。アン・グリーンという女性は子殺しにより[[死刑]]を宣告され、1650年に[[絞首刑]]となったが、検死をした解剖医は彼女にまだ息があることを発見した。医者はグリーンを蘇生させるべく、熱した[[リキュール]]を飲ませ、手足をこすりあげたほか、身体を温める膏薬を塗った。そして「温熱効果のある匂いの強い浣腸剤により身体のなかのものを出し、内臓をあたため」ようとした。温かさが保たれるようすでに別の女性がいるベッドにグリーンを寝かせてやると、ついに彼女は完全に回復し(刑はすでに執行済みのため)、その罪を免じられたのだった<ref>{{Harvnb|Hughes|1982|p=1783}}</ref>。[[人工呼吸]]と[[肺]]か直腸への煙の注入は、どちらを選んでもよい互換性のある治療法とみなされていたが、タバコにはひとを温め、刺激する成分が含まれているとされていたので、その煙の注入こそが最も強力だと考えられていた<ref name="Lawrence"/>。
 
[[オランダ]]人は、[[運河]]に落ちてしまい溺水したとおぼしき人間への治療として、煙を肺に注入する実験を行った。患者は呼吸器の刺激として直腸からもタバコの煙を注入された<ref>{{Harvnb|Price|1962|p=67}}</ref>。ヨーロッパでも最初期に、タバコの煙の浣腸を溺水した人間の蘇生法として推奨した医者として、[[リチャード・ミード (医師)|リチャード・ミード]]がいるが、彼は1745年に没入療法<ref>{{lang-en-short|immersion therapy}}</ref>によって医原病的に溺水した人間の治療にタバコの煙を浣腸するよう提唱している{{clarify|date=November 2015}}。ミードの名は、タバコの煙を直腸に注入して患者を蘇生させた最初の記録として残っている。これは、1746年に溺死とおぼしき女性への治療をおこなったときのものだ。女性の夫は通りがかった水兵の助言に従い、彼から借りた煙管の柄を妻の[[肛門]]に挿入し、皿のところをタバコの巻紙で包んで「思い切り息を吹いた」。女性は生き返ったようである<ref name="Lawrence"/>。1780年代、[[イギリス王立人道協会]]は蘇生をおこなうための器具をまとめてキットとして導入するが、その一式には煙の浣腸器も含まれており、[[テムズ川]]に沿って各所に設置された<ref name="Lawrence"/>。19世紀にはタバコの煙の浣腸は医学的な手法として確立されており、人道協会はこぞってこの手法を人工呼吸と同じぐらい重要なものとみなしていた<ref name="Hurt"/>。
 
{{Quote|"タバコの浣腸、吸って吐く、瀉血<br>よくなるまで温かくして[[マッサージ]]<br>何をするにも痛みがあったら要注意<br>たとえ1日でも急いてはいけない"|ホールストン博士 (1774年9月24日)<ref>{{Harvnb|Lowndes|1883|p=1142}}</ref>}}