「シン・ゴジラ」の版間の差分

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: [[内閣官房長官]]。65歳。
: 鹿児島県出身。選挙区は[[東京都第10区|東京10区]]。
: 大河内を補佐する一方、閣内が纏まらない際には議論をリードするなど、内閣の屋台骨として活躍。矢口を内閣官房副長官に推薦し引き上げた人物でもある。また、ゴジラが出現したと分かると即座に災害対策会議を中止、ゴジラ対策の会議に切り替えさせるなど、臨機応変に柔軟に対応ができる人物でもある。
: ゴジラ1回目の出現時は、出現前までは、ほかの閣僚同様、矢口の巨大不明生物の可能性の示唆を「冗談はよせ」と諌めていたが、ゴジラの出現が現実のものとなったと分かると、即座に会議を中止し、ほかの閣僚を別室に誘導してゴジラ対策会議に切り替えさせる。
: ゴジラ2回目の出現時においても、総理官邸で引続き対応に当たる。総理官邸からの撤退時には、立川臨時施設での再会を矢口と誓うが叶うことなく、搭乗したヘリが撃墜され死亡。
: ゴジラ2回目の出現時は難を逃れ、立川への移管後[[内閣総理大臣臨時代理]]に就任する。しかし矢口たちは「大河内内閣発足の論功行賞と派閥順送りで農林水産大臣になり、生き残った閣僚や党幹事長に臨時総理を押し付けられた」と酷評しており、手腕を疑問視していた。また、泉からは「腹の内の読めないお方」と評されてもいる。
: 就任直後は、事象報告が長引いた余り昼食のラーメンが伸びたことを嘆いたり、総理の職責の重さを厭う発言をしたりと、昼行灯的な態度が目立つ。
: 一方で、里見自身で全責任を取るために、熱核攻撃案件に対する臨時総理への全権委任法案を成立させるよう下命したり、自身が直接コネをもっているフランスに熱核攻撃実施の寸前まで交渉するなど、上記の矢口達の酷評に反して老練な政治手腕を見せる策士である。また、熱核攻撃の際に住人に避難命令を下さなければならなくなった状況になった際は「"避難"というのは国民に今の生活や財産などを根こそぎ捨てさせることだ。簡単に言わないでほしい」と発言するなど、国民の事を第一に考えている事を伺わせる発言もしている。
: また、ゴジラ対策が一段落した後の政局を睨んで矢口・赤坂・泉と言った若手政治家を臨時内閣に登用し、自身達は核使用決定の責任を取って[[内閣総辞職]]することを決定していた。
; {{読み仮名|金井 光二|かない こうじ}}
: 保守第一党[[政策部会|政調副会長]]。立川への移管後は内閣総理大臣臨時代理補佐官。選挙区は[[兵庫県第11区|兵庫11区]]。矢口とは当選同期で商家の息子。
: 「出世は男の本懐」と言い切るほど出世に対して貪欲であり、矢口に仕事の見返りに次期[[幹事長]]の座を要求したり、出世に比較的興味のない矢口に対して「なぜ政治家になった?」と聞き返すほどの野心家である。
: しかし、各界へのコネクションやどの様な状況下であっても動じない冷静さなど、その野心に見合うだけの実力も併せ持つ。
: 矢口からの依頼で、巨災対発足時のメンバー集めに協力する。ゴジラ2回目の上陸時には地元選挙区への「[[有権者#有権者に関する選挙用語|金帰火来]]{{efn|国会会期中の国会議員が金曜日の国会日程が終わると地元の選挙区回りをし、火曜日の朝に東京に戻ることを指して「金帰火来」と言う。}}」で難を逃れ、里見臨時総理の補佐官に就任。また、矢口に対してはゴジラ対策の協力だけに留まらず、ゴジラにより、大河内をはじめとする多くの閣僚を失い、焦燥と苛立ちに駆られて志村に声を荒らげる矢口に対し、「まずは、君が落ち着け」と促して落ち着かせるなど、メンタル面においてのバックアップも行うなど矢口の大きな支えとして活躍。
: その後も里見へのヤシオリ作戦実施提案や、熱核攻撃順延のためのフランスへの外交工作実施など、矢口たち巨災対の支援に活躍する。終盤にてヤシオリ作戦の実施の際は、テレビを通して、巨災対のメンバーと共に作戦の行く末を見守る。
: 演 - [[塚本晋也]]
: 国立城北大学[[大学院]]生物圏科学研究科[[准教授]]。同「学界の異端児」。
: 生物科学の専門家として、ゴジラの生態解析を担当する。立川のゴジラに対する数々の疑問を足掛かりに次々とゴジラの生態や性質を解明、「ヤシオリ作戦」の目処を立てるのに立川と共に大きく貢献した。パソコンなどのデジタル機器を使わず常に一人中央の卓で作業していた。
; {{読み仮名|安田 龍彦|やすだ たつひこ}}
: 演 - [[高橋一生]]
 
== 製作 ==
[[2014年]]公開の『[[GODZILLA ゴジラ]]』の世界的な大ヒットを受け、日本製ゴジラの製作が決定した{{R|eiga14128}}。総監督・脚本には[[庵野秀明]]、監督・特技監督には[[樋口真嗣]]がそれぞれ起用された。当初、庵野はオファーを固辞していたが、[[東宝]]の誠意と樋口の説得を受けて「一度きりの挑戦」として承諾した{{R|eiga1541}}。東宝特撮映画での総監督のクレジットは『[[さよならジュピター]]』の[[小松左京]]以来だが、監修的な立場で演出の大部分を監督の橋本幸治に一任していた小松と異なり、庵野はほぼ現場に張りついて演出作業にも携わった。なお制作にあたって、東宝からは「近隣諸国の国際情勢については劇中での明言を避けて欲しいという要望と、[[皇室]]に関しては一切触れてはならないという厳命」の2つを東宝から受けたという<ref>『THE ART OF SHIN GODZILLA』庵野秀明インタビュー</ref>{{要ページ番号|date=2020-12-31}}
 
日本の『ゴジラ』シリーズでは初となる、フルCGで制作される[[ゴジラ (架空の怪獣)|ゴジラ]]のデザインには、『[[巨神兵東京に現わる]] 劇場版』などで雛型模型を手掛けた[[竹谷隆之]]が起用された{{R|cinema5053}}。樋口から依頼を受けた際には詳細は知らされず、「背びれのある怪獣」とだけ伝えられていたという{{R|cinema5053}}。デザインの詳細は[[前田真宏 (アニメ監督)|前田真宏]]のコンセプトスケッチを基に庵野、樋口、竹谷、[[尾上克郎]]が打ち合わせを行い、庵野は本作におけるゴジラのコンセプトを「完全生物」と定め{{R|cinema5053}}、題名に「新」「真」「神」など、複数の意味を含ませた作名「シン・ゴジラ」と命名した{{R|sponichi15923}}。
 
登場人物の名前は庵野秀明の妻で漫画家の[[安野モヨコ]]の作品や、[[白い巨塔]]など10作以上から。また、名付けのルールとしては大きく5つある模様<ref>[https://twitter.com/khara_inc/status/765074442917523456 株式会社カラーのツイート 2016年8月15日 15:35]、2016年9月21日閲覧。</ref>。
 
プロデューサーの佐藤善宏は、本作のセリフについて「完成した映画でファンタジーなのはゴジラだけというくらい突きつめています」と述べている{{R|cinema16715}}。庵野は脚本の執筆段階から[[防衛省]]・[[自衛隊]]に協力を依頼し、「実際にゴジラが現れた場合、自衛隊はどのように対処するのか」「ゴジラに対して武器の使用が認められるのか」などミーティングを繰り返し行い、事実に即した脚本に仕上げていったという{{R|cinema16715}}{{efn|防衛庁時代に行われた机上研究では、実際にゴジラが出現した場合には「[[災害派遣]]を根拠とした出動及び有害鳥獣駆除による武器使用が可能」という結論が出されている<ref>{{Cite web | url = http://web.archive.org/web/20071224132440/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071221-00000198-jij-pol| title = ゴジラへの対処、研究していた=自衛隊出動、武器使用も可能−防衛省| publisher = 時事通信| date = 2007-12-21| accessdate = 2016-07-15}}</ref>。}}。劇中ではゴジラが「巨大不明生物」と呼称されているが、これはミーティングに出席した官僚の発言に由来している{{R|cinema16715}}。また、戦車による攻撃シーンの参考にするため、[[富士総合火力演習]]の撮影をしている{{R|cinema16715}}。このほかに[[総理大臣官邸|首相官邸]]や自衛隊基地を[[ロケハン]]しているが、官邸職員から「そのまま再現するのはやめてほしい」と言われたり、作戦本部などはそもそも撮影が許可されなかった<ref>{{Cite web |url=http://www.cinematoday.jp/page/A0005073 |title=庵野秀明、エヴァからゴジラへ創造の裏側3~シン・ゴジラの世界を追求した美術の裏側 |publisher=シネマトゥデイ |date=2016-07-22 |accessdate=2016-08-19}}</ref>。
 
音楽には、庵野が監督を務めた『[[ふしぎの海のナディア]]』『[[新世紀エヴァンゲリオン]]』で音楽を担当した[[鷺巣詩郎]]が起用された{{R|cinema16730}}。鷺巣によると、[[2015年]][[1月1日]]に庵野夫妻との食事の席で参加を依頼されたという{{R|cinema16730}}。劇中では『エヴァンゲリオン』の音楽が使用されたほかに、[[伊福部昭]]の音楽も使用されている{{R|cinema16730}}。庵野は脚本執筆の段階で伊福部音楽を使用することを決めており、オリジナルのモノラル音源が使用された{{R|cinema16730}}。なお、伊福部の曲は当初オリジナル録音版の上に当時の演奏を可能な限り再現・編集したステレオ再録版を被せた疑似ステレオ音源を使用する予定だったが、直前になって庵野の判断でオリジナル音源をそのまま使用することになった{{R|cinema16730|cinema161104}}。没になった疑似ステレオ音源は『シン・ゴジラ音楽集』に収録されている{{R|cinema161104}}。
 
俳優の役作りについては、ミーティングの際に政治家や官僚の会話を録音して俳優に聞かせたうえで、「早口で、普段は使わない専門用語の多い言葉を流暢にかつ説得力を持って喋る」政治家や官僚のイメージを作るようにしたという{{R|cinema16715}}。また、[[東日本大震災]]とき発生当時に官房長官秘書官だった井上宏司が官邸の雰囲気などをレクチャーしたほか、会議の撮影時に現場で「総理入室時の起立と着席のタイミング」などを演技指導した<ref>{{Cite news|url=https://news.denfaminicogamer.jp/interview/201229a|title=カドカワの社長退任や『シン・ゴジラ』の舞台裏、そして教育事業に賭ける情熱とは?──川上量生・特別インタビュー|newspaper=電ファミニコゲーマー|publisher=マレ|date=2020-12-29|accessdate=2020-12-31}}</ref>。
 
ゴジラの[[モーションキャプチャ|モーションキャプチャー]]を担当したのは、[[狂言|狂言師]]の[[野村萬斎]]である<ref>{{cite news|url=http://www.oricon.co.jp/news/2075921/full/|title=シン・ゴジラ役は野村萬斎だった 329人目のキャストが判明|newspaper=ORICON STYLE|date=2016-07-29|accessdate=2016-07-29}}</ref>。このことは公開当日まで伏せられており、公開初日の7月29日に「329人目のキャスト」として公表された。野村は「日本の映画界が誇るゴジラという生物のDNAに私が継承しております、650年以上の歴史を持つ狂言のDNAが入ったという事で非常に嬉しく思っております」とコメントしている<ref>{{Cite web |url=http://www.cinematoday.jp/page/A0005101 |title=庵野秀明、エヴァからゴジラへ創造の裏側5 ~シン・ゴジラを作った人々 - 329人の同志 |publisher=シネマトゥデイ |date=2016-08-05 |accessdate=2016-08-19}}</ref>。
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