Wikipedia

「能面」の版間の差分

履歴の双方向閲覧
← 古い編集新しい編集 →
削除された内容 追加された内容
ビジュアルウィキテキスト
編集の要約なし
タグ: サイズの大幅な増減
1行目:
[[File:Zo'onna Noh Mask, Edo period, 18th century, wood with polychromy - Tokyo National Museum - DSC06166.JPG|thumb|200px|能面「{{Ruby|増女|ぞうおんな}}」江戸時代、[[東京国立博物館]]蔵（[[金春流|金春宗家]]伝来）、[[重要文化財]]。]]
{{出典の明記|date=2013年6月}}
'''能面'''（のうめん）は、[[能]]で用いられる[[仮面]]である。
[[File:Zo'onna Noh Mask, Edo period, 18th century, wood with polychromy - Tokyo National Museum - DSC06166.JPG|thumb|200px|女面 「増女（ぞうおんな）」 江戸時代 [[東京国立博物館]]蔵（[[金春流|金春宗家]]伝来）、[[重要文化財]]<ref> [http://www.emuseum.jp/detail/100431?d_lang=ja&s_lang=en&word=%5Bobject+HTMLInputElement%5D&class=&title=&c_e=&region=&era=&cptype=&owner=&pos=65&num=2&mode=simple&century= 「金春宗家伝来能面」（e国宝）]、他の金春宗家伝来能面の出典も同様。</ref>]]
[[File:Nō mask - Shikami Type.JPG|thumb|200px|鬼神面 「顰（しかみ）」 江戸時代 東京国立博物館蔵（「元休打」朱書銘）<ref>[http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=4463 東京国立博物館サイト]</ref>]]
[[File:Nō mask - Uba Type.JPG|thumb|200px|女面 「姥（うば）」 室町〜安土桃山時代 東京国立博物館蔵（金春宗家伝来）、重要文化財]]
[[File:Nō mask - Hannya Type.JPG|thumb|200px|女面 「般若」 江戸時代 東京国立博物館蔵（金春宗家伝来）、重要文化財]]
[[File:能面の製作工程.JPG|thumb|200px|能面の製作工程]]
'''能面'''（のうめん）は、[[能楽]]や一部の[[神楽]]で用いられる[[仮面]]である。[[伎楽面]]や[[舞楽]]の仮面などの影響を受けている。
 
== 概要 ==
能面は、能を演ずる際に[[シテ方]]が着ける面である。[[式三番]]（[[翁 (能)|翁]]）で用いられる面（式三番面、翁面）は、狭義の能面には含まれないが<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 196)]]。</ref>、能面に含めて呼ぶこともある<ref>[[#神戸女子大|神戸女子大学古典芸能研究センター (2016: 8, 58)]]。</ref>。本項では翁面についても述べる。
翁（おきな）、尉（じょう）、鬼神、男、女の5種類に大別される。女面、少年面、青年面は一部を除いて何れも[[白塗り]]の[[厚化粧]]、[[引眉]]で、[[お歯黒]]を付けており、これらは何れも、能が成立した時代の習慣を残したものである。
 
[[鎌倉時代]]（[[13世紀]]）には、翁猿楽で翁面が用いられていたようであり、これが能面の源流と考えられる。[[南北朝時代]]、[[猿楽]]・[[田楽]]の発展に伴い、能面の創作が始まったとされ、[[室町時代]]初期の[[世阿弥]]の時代、猿楽（申楽）が大成するのと同時期に、日本各地で優れた面打ちが輩出し、鬼面・女面をはじめとして徐々に面の種類が増えていった。室町時代後期から[[安土桃山時代]]にかけて、面の種類が出揃い、曲目と面との対応関係も確立し、能面は完成期を迎えた。[[江戸時代]]には、世襲の面打ち家が代々面打ちを行うようになり、この時代になると新たな創作はあまり行われず、室町時代の「本面」を忠実に模作することが中心となった。[[明治時代]]には、能楽界が衰微し、世襲面打ち家も絶えた。多くの能面が日本国外に美術品として流出した（→''[[#歴史|歴史]]''）。
なお、「[[翁]]」の面は特徴的で、他の能面と異なり、
* 眼が（黒目の部分のみならず）全てくり抜いてある
* ぼうぼう眉（綿や毛が植えてある）
* 面の口から下の部分を切り離して、紐で結んである（切顎）
古式でおおらかな面である。
 
能面を制作することを「打つ」という。材質は[[ヒノキ]]が一般的であり、木取りをした後、最初は荒く、徐々に細かく彫り進め、目鼻口の穴を開けると、面裏の漆塗りをするのが一般的である。{{Ruby|彩色|さいしき}}に移ると、[[胡粉]]や[[膠]]を用いて下地・上地を塗り、古色を施し、毛描きなどの工程を経て完成する（→''[[#面打ち|面打ち]]''）。
能面は木（檜が多い）を彫り、彩色して製作するが、この工程を「面を'''打つ'''」という。また、顔に付けることを「面を'''掛ける'''」という。この場合「面（おもて）」と読み、「能」がつくと「能面（のうめん）」と読む。[[神楽]]では、脱活技法で製作した[[和紙]]製の張子面も使用されている<ref>{{Cite web |url=http://iwamikagura.jp/support/men/ |title=石見神楽面 |publisher=石見神楽公式サイト（一般社団法人浜田市観光協会） |accessdate=2019年5月21日 }}</ref>。
 
能楽師は能面を{{Ruby|面|おもて}}と言い、面を着用することを「面をかける」「つける」と言う。面は、鬼神や亡霊など超人間的な役、老人と女性の役などに用いられ、現実の壮年の男性の役は、面をかけず、素顔（{{Ruby|直面|ひためん}}）で演ずるのが原則である（→''[[#面と直面|面と直面]]''）。同じ曲目・役柄でも、流儀によって面の選択の好みがあり、また、面の「位」や、役柄に対する解釈や趣向によって、どのような面を使うかが変わってくる。（→''[[#面の選択|面の選択]]''）。
能楽に面を使用した記録に残る最も古い例としては、[[弘安]]6年（1283年）の[[春日神社]]での猿楽に三番、延命冠者、父尉などの面が使われたことが知られている。一般的に、能面が本格的に作られ始めたのは14世紀中頃に活躍した赤鶴吉成を初めとすると言われる<ref name="choukoku">久野健 編『彫刻』<日本史小百科>、近藤出版社、1985年 pp.86-87,172-173.</ref>。当時の代表的な面打師とその系譜は[[江戸時代]]中期に喜多方能が著した『仮面譜』によって、十作・六作・三光坊などに分類された。
 
能楽師は、面を極めて丁重に取り扱う。シテやツレは、楽屋で装束を着けた後、揚幕の奥にある鏡の間で面に向き合い、両手で押しいただく。そして、後見らが紐を張って面をかける（→''[[#面をかける作法|面をかける作法]]''）。舞台で、面に生きた表情を与えることは技量が求められ、特に女の面は微妙な「中間表情」を持っているとされ、わずかに面を下に向ける（{{Ruby|曇|クモ}}ラス）、上に向ける（{{Ruby|照|テ}}ラス）などといった扱い方によって、観客から見た効果が変わってくる（→''[[#舞台上の効果|舞台上の効果]]''）。
古来傑出した能面作者を「十作」と称し、日光、弥勒、夜叉、文蔵、小牛、赤鶴（しゃくづる）、龍右衛門、日氷（ひみ）、越智（えち）、三光坊の10名とされている。[[室町時代]]に今日の能面の基本形を創作した人々とされるが、実在が不確かな人物も含まれている<ref name="choukoku"/><ref>（三井記念美術館、2008）、pp.35, 71</ref>。また、「春日」という作者は「神作」として十作の上に置かれ、神聖視されている<ref>（三井記念美術館、2008）、p.35</ref>。一方で、古来においては能面の最古の作家として[[聖徳太子]]、淡海公（[[藤原不比等]]または[[藤原鎌足]]の諡）、[[空海]]の三人もまた神作と看做す説もあるが先述の春日も含めて伝説の域を出ないとする意見もある<ref>[https://books.google.co.jp/books?id=MzhE9DXFRCYC&printsec=frontcover&dq=%E8%83%BD&hl=ja&ei=_CTZTbeyC4XqvQP99azuDA&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=2&ved=0CD4Q6AEwATgK#v=onepage&q&f=false 能と能面]、p.10</ref>。三光坊は十作の中の一人だが、後の面打三家と呼ばれる越前出目家、近江井関家、大野出目家の始祖とされる人物である<ref>（三井記念美術館、2008年）、pp.45</ref>。六作には千種、福来など、能楽発達後から[[安土桃山時代]]にかけて活躍した人々が挙げられている。
 
現在知られる面の名称は約300、面種は約250に及ぶとされるが、基本の面種は約60種類で、約60種類をそろえれば、約240曲の現行曲のほとんどを上演することができると言われる。役柄によって大まかに分類すると、人間の面は、老体面（尉面）・女体面（女面）・男体面（男面）と分けることができ、その中にも、穏やかな表情のもの（常相面）と、非日常的なすさまじさを持った表情のもの（奇相面）とがある。また、鬼や天狗などの異類の面（鬼面、異相面）もあり、これも老体・女体・男体の異類に分けることができる（→''[[#種類|種類]]''）。主な面種の例については、一覧表を参照（→''[[#主な面種（能面・翁面）の例|主な面種（能面・翁面）の例]]''）。
なお、現在能（亡霊ではなく現在進行形として演じられる形式の能）の成年男性役には能面を用いないで演じられる。しかし、役者が顔の表情を作って表現することは禁じられている。この能役者の素顔を「直面（ひためん）」と呼び、その名のとおり自分の素顔を能面と見立てて演ずる。
能のワキはすべて現在成年男性であるために直面で演じられている。
 
== 歴史 ==
転じて、何が起きても動じず「増女」の面のように無表情であることを「能面のようだ」と表現する。
=== ルーツ ===
{{Multiple image
|align = right |direction = horizontal
|image1 =Chidō (Gigaku mask), Tokyo National Museum N-209 three-quarter view.jpg |width1 =150
|image2 =Gojo (Gigaku mask), Tokyo National Museum N-225.jpg |width2 =110
|footer = [[伎楽面]]「{{Ruby|治道|ちどう}}」（左）と「{{Ruby|呉女|ごじょ}}」。いずれも[[法隆寺]]宝物。
}}
[[飛鳥時代]]の[[推古天皇]]20年（[[612年]]）、[[百済]]の[[味摩之]]が、呉（中国南部）から[[伎楽]]を伝えたとされている。これは仮面である[[伎楽面]]を用い、寺院に向かって行列を組むもので、道中で寸劇を演じることもあった。伎楽面は、後頭部まで覆う大型面で、鼻が高いのが特徴である。伎楽面の「呉女」は能面の女性面に影響を与えているとされる<ref>[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 10-12)]]。</ref>。
 
{{Multiple image
== 能面の例 ==
|align = left |direction = horizontal
* 翁の面
|image1 = Kitoku bugaku mask, lent by Masumida Jinja, Aichi, Japan, Kamakura period, dated 1211 AD, wood with polychromy - Tokyo National Museum - Tokyo, Japan - DSC09022.jpg |width1=125
** 白式尉（はくしきじょう） シテ
|image2 = Saisōrō (Bugaku mask), Tokyo National Museum C-295.jpg |width2 = 123
** 黒式尉（こくしきじょう） [[三番叟]]
|footer = 舞楽面「貴徳」（左）と「採桑老」。採桑老は翁面の原型とされる<ref>[[#金剛|金剛 (1940: 10)]]。</ref>。
* 尉面
}}
** 小尉（こじょう） 品が良く、神体を表すのにも用いられる。
伎楽に続いて、宮中儀式芸能として[[舞楽]]が大陸から伝来した。[[舞楽面]]は、伎楽面のように後頭部まで覆うものではなく、小さめである。口のところを上下に切り、口の左右を紐で結ぶ「切り顎」、下顎を紐で吊る「吊り顎」形式のものなどがある。このうち「切り顎」のものは、翁面とも関係があるとされる<ref>[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 12-13)]]。</ref>。
** 邯鄲男（かんたんおとこ） 『邯鄲』に用いられ、神体を表すのにも用いられる。
** 皺尉（しわじょう）、石王尉（いしおうじょう）、舞尉（まいじょう） [[真ノ序ノ舞]]を舞う後シテ。
** 悪尉（あくじょう） 強く恐そうな顔の老人。
* 鬼神の面
** 怪士（あやかし） 『[[船弁慶]]』の後シテなど。
** 黒髭（くろひげ） 龍神である後[[能楽#シテ方|シテ]]。
** 大飛出（おおとびで）、小飛出（ことびで） 眼を剥き、カッと口を開いた様。
** 大癋見（おおべしみ）、小癋見（こべしみ） 口をしっかと結んだ様。
** 獅子口（ししぐち） 『石橋』など。
** 顰（しかみ） 『紅葉狩』など。
** 痩男（やせおとこ） 恨みのこもった庶民の亡霊。
** 蛙（かわず） 水死人。
* 女の面
** 若い女性
*** 小面（こおもて）、小姫（こひめ） 可憐な娘。
*** 万眉（まんび）、孫次郎（まごじろう）、若女（わかおんな） 小面より若干年上。
*** 増（ぞう）、増女（ぞうおんな）、節木増（ふしきぞう）、増髪（ますかみ、十寸神とも） 清澄な神女。
** 中年女性
*** 深井（ふかい） 理知的、都会風。
*** 曲見（しゃくみ） 情感的、田舎風。
** 老女
*** 姥（うば） 老女。シテが尉をつけるとき、ツレが使うことが多い。
*** 痩女（やせおんな）
*** 老女（ろうじょ）
*** 霊女（りょうのおんな）
*** 桧垣女（ひがきおんな）
** 鬼女
*** 泥眼（でいがん） 眼に金泥がある。品の良い美女の嫉妬に狂う様。『[[葵上]]』の前シテなど。
*** 鉄輪女（かなわおんな）、橋姫（はしひめ） 更に嫉妬の度が増したもの。『鉄輪』などに。
*** 生成（なまなり）般若になる前の状態<ref>能面　https://nohmask21.com/namanari.html </ref>。
*** [[般若の面|般若]]（はんにゃ） 嫉妬の度が極めて強く、鬼のような形相になった女性。良く見ると女性的な眉が描いてある。中成（なかなり）ともいう。
*** 蛇（じゃ）、[[真蛇]]（しんじゃ） 般若より更に鬼度が増したもの。「もはや聞く耳を持たない」という意味なのか、耳がないのが特徴。なお蛇は「[[道成寺 (能)|道成寺]]」の専用面である。本成（ほんなり）ともいう。
* 男の面
** 少年
*** 童子（どうじ）
*** 慈童（じどう）
** 青年
*** 若男（わかおとこ）
*** 今若（いまわか）
*** 十六（じゅうろく） [[平敦盛]]戦死の年齢に由縁。
** 盲目の少年
*** 弱法師（よろぼし） やつれた感じ。
*** [[蝉丸 (能)|蝉丸]]（せみまる） 盲目の貴公子。
** 半僧半俗
*** [[喝食]]（かっしき） 『[[自然居士 (能)|自然居士]]』、『[[花月 (能)|花月]]』等。[[稚児]]に相当。
** 武人の面
*** 平太（へいだ） 赤ら顔の壮年武将。
*** 中将（ちゅうじょう） 公達。
 
=== 翁面の時代 ===
<gallery>
[[能楽]]の源流は、[[翁舞|翁猿楽]]（[[式三番]]）にあるとされ、翁猿楽が演じられたことを示す最古の記録は、[[13世紀]]末の奈良[[春日大社]]の祭礼記録にある。[[1283年]]（[[弘安]]6年）の『春日若宮臨時祭記』には、次の記事があり、猿楽方の諸役の中で翁の役のみが「{{Ruby|翁面|ヲキナヲモテ}}」と呼ばれている<ref>[[#神戸女子大|神戸女子大学古典芸能研究センター (2016: 9)]]。</ref>。
File:Okina type noh mask, Muromachi period, 1400s-1500s AD, wood, polychromy - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC08991.jpg|「翁」東京国立博物館蔵（室町時代、列品番号C1879 - 1）
{{Quotation|猿楽 児{{fontsize|x-small|虎松殿}} 翁面{{fontsize|x-small|延覚坊}} 三番猿楽{{fontsize|x-small|大輔公}} 冠者{{Fontsize|x-small|美之君}} 父允{{fontsize|x-small|善永坊}}}}
File:No-Maske Shiwajo makffm.jpg|「皺尉（しわじょう）」
式三番に用いられる面は、[[平安時代]]末期に創作され、[[鎌倉時代]]には完成していたようであり、父尉、翁（白式尉）、三番叟（黒式尉）、延命冠者の4面が用いられていたようである<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 12,　99)]]。</ref>。{{仮リンク|ベルリン国立民族博物館|en|Ethnological Museum of Berlin}}所蔵の翁面には、面裏の漆の下に弘安元年（[[1278年]]）の墨書銘があり、翁面の造形が鎌倉中期には確立していたことが分かる<ref>[[#神戸女子大|神戸女子大学古典芸能研究センター (2016: 14-16)]]。</ref>。
File:The Childrens Museum of Indianapolis - "Ko-jo" Noh Theater mask.jpg|「小尉（こじょう）」
 
File:No-Maske Doji Museum Rietberg.jpg|「童子」
なお、後世の言い伝えでは、翁面の最古の作家として[[聖徳太子]]、淡海公（[[藤原不比等]]または[[藤原鎌足]]）、[[弘法大師]]、春日（[[鞍作止利]]または稽文会・稽主勲）の4人を「神作」と呼んでいるが、荒唐無稽の説である<ref>[[#金剛|金剛 (1940: 10)]]。</ref>。
File:Giappone, periodo edo, maschera no di tipo heita, XVII sec..JPG|「平太」
 
File:Shirohannya.JPG|「白般若（しろはんにゃ）」
[[世阿弥]]の言葉を記した『[[世子六十以後申楽談儀]]』には、「面の事。翁は日光打ち。弥勒、打ち手也。」とあり、翁面の優れた打ち手として日光と弥勒の2人が挙げられている。もっとも、この2人は伝説上の人物と考えられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 98-99, 101)]]。</ref>。
File:Usofuki 20160409.JPG|「嘘吹（うそふき）」
 
File:Buaku 20160409.JPG|「武悪（ぶあく）」
4面のうち、延命冠者を除く3面は、顎が口の横から切り離されて紐で繋がれた「切り顎」という構造をとっており、他の能面にはない特徴である。切り顎は、声がこもらずに聴こえやすくするための構造とも考えられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 12)]]。</ref>。
File:Ootobide 20160409.JPG|「大飛出（おおとびで）」
 
File:Kokushikijyou 20160409.JPG|「黒式尉（こくしきじょう）」
=== 創作期 ===
File:Periodo edo, maschera noh, tipo shakumi, XVII-XVIII sec.JPG|「曲見（しゃくみ）」東京国立博物館蔵（江戸時代、「天下一近江」焼印）<ref>[http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=2389 東京国立博物館サイト]</ref>
[[南北朝時代]]以降、[[猿楽]]・[[田楽]]が発展していったが、古来の伎楽面、舞楽面、[[神像]]、[[仏像]]等の影響を受けながら、能面の創作が始まったとされる。[[1349年]]（[[貞和]]5年）の四条河原での橋勧進田楽興行では、猿や鬼の面が使用され、同じ年の春日若宮臨時祭で[[禰宜]]が演じた田楽能では、龍神や龍王の役が面を着けたことが確認できる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 99)]]、[[#神戸女子大|神戸女子大学古典芸能研究センター (2016: 6-7)]]。</ref>。
File:Nō mask - Koomote Type.JPG|「小面（こおもて）」東京国立博物館蔵（江戸時代、金春宗家伝来）、重要文化財
 
File:Nō mask - Kanawa Type.JPG|「鉄輪（かなわ）」東京国立博物館蔵（江戸時代、金春宗家伝来、林喜兵衛作）、重要文化財
[[13世紀]]から[[14世紀]]にかけての初期の能面は、大衆芸能に用いられていたことを反映して、変化に富み、写実的であり、粗野な表情をしている。少女の能面も、口元や目にはっきりした笑いの表情が見られるものであった。能面の初期の彫刻技術は、当時広く演じられていた舞楽の面から取り入れられた可能性があるが、能面は、伎楽面や舞楽面とは異なり、大陸からの原型の忠実な複製ではなく、はっきりと日本人の顔立ちを表していることが特徴的である<ref>[[#キーン|キーン (2001: 160-61)]]。</ref>。
File:Museum für Ostasiatische Kunst Dahlem Berlin Mai 2006 034.jpg|「大飛出」（[[桃山時代]]、[[出目是閑吉満]]作）
 
File:Museum für Ostasiatische Kunst Dahlem Berlin Mai 2006 032.jpg|「喝食」（[[江戸時代]]、出目みつざね作）
[[室町時代]]初期の[[世阿弥]]（[[1363年]]? - [[1443年]]?）の時代には、猿楽（申楽）が大きく発展し、それと同時期に、日本各地で優れた面打ちが輩出した。[[近江国]]では世阿弥が「鬼面の上手」と評した{{Ruby|赤鶴|しゃくづる}}（赤鶴吉成一透斎）、同じく「女面の上手」と評した{{Ruby|愛智|えち}}（愛智吉舟）が現れ、[[越前国]]では{{Ruby|石王兵衛|いしおうひょうえ}}（福来石王兵衛正友）、{{Ruby|龍右衛門|たつえもん}}（石川龍右衛門重政）、夜叉、文蔵（福原文蔵）、小牛（小牛清光）、徳若（徳若忠政）といった面打ちが続き、これらは『申楽談儀』に言及されている<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 98-99)]]、[[#三浦|三浦 (2012: 38)]]。</ref>。ただ、世阿弥伝書の中に見出すことができる面の呼び名は、翁面のほかには、鬼神系の大べしみ・小べしみ・飛出・鬼面・悪尉、尉面・笑尉、女面、男面と、10種に満たず、後世のような分化はまだ起こっていなかったと考えられる<ref>[[#神戸女子大|神戸女子大学古典芸能研究センター (2016: 11-12)]]。</ref>。世阿弥の記述によれば、『鵜飼』の前シテの老人は直面であったといい、男面が出揃った時期は遅かったようである<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 53)]]。</ref>。
</gallery>
 
[[安土桃山時代]]の[[下間仲孝]]が著した『{{Ruby|叢伝抄|そうでんしょう}}』（[[1596年]]）は、「面打ち上作之分」として、伝説上の人物から南北朝・室町時代にかけて活躍した偉大な面打ちを挙げて「{{Ruby|十作|じっさく}}」と呼んでいる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 101)]]。</ref>。
{{Quotation|翁之面－日光－弥勒、赤鶴 {{fontsize|x-small|鬼}}、越智、龍右衛門 {{fontsize|x-small|女 男 尉}}、夜叉、文蔵 {{fontsize|x-small|女}}、小牛 {{fontsize|x-small|尉}}、徳若 {{fontsize|x-small|アヤカシ}}、三光 {{fontsize|x-small|ベシミ 尉}}、日氷 {{fontsize|x-small|霊}}、是を十作ともいふなり|下間仲孝『叢伝抄』}}
また、十作に少し時代的に後れ、十作に次ぐ格の面打ちとして、「六作」という呼び方もされた。誰を六作とするかは伝書によって異なるが、増阿弥、千種、福来、宝来、春若、石王兵衛などがこれに当たるとされる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 101)]]。</ref>。
 
=== 完成期 ===
室町時代後期から[[安土桃山時代]]にかけては、面の創作が続けられるとともに、様式が完成してきて、種類もほぼ出揃った。曲目と面との対応関係も確立してきて、下間仲孝が著した能の型付『{{Ruby|童舞抄|とうぶしょう}}』には、『[[海人 (能)|海士]]』の前シテ（海士）には「ふかひ・しゃくみ」、後シテ（竜女）には「泥眼」または「ぞう」、「観世には橋姫の面」というように、曲ごとの使用面が書かれている<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 100)]]。</ref>。室町時代の面は{{Ruby|本面|ほんめん}}と呼ばれ、江戸時代以降の能面の理想・規範とされた<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 6-7)]]。</ref>。
 
[[豊臣秀吉]]は、伝説の名人龍右衛門の3面の「小面」に「雪・月・花」と名付けたと伝えられる。そのうち、月の小面は[[江戸城]]で火災に遭って焼失したが、雪の小面は[[金剛流|金剛]]宗家、花の小面は[[三井記念美術館]]に伝えられている<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 86)]]。</ref>。
 
この時代に活躍した面打ちには、伝説上の人物も含め、三光坊、{{Ruby|大光坊|だいこうぼう}}、般若坊、{{Ruby|真角|しんかく}}、{{Ruby|東江|とごう}}、財蓮、慈雲院、吉祥院、智恩坊、{{Ruby|角|すみ}}ノ坊、{{Ruby|氷見|ひみ}}（日氷）、若狭守など、仏師や僧が多い<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 101)]]。</ref>。
 
=== 模作期 ===
{{Multiple image
|align = right |direction = horizontal
|footer = 龍右衛門作と伝えられる「雪の小面」を江戸時代初期に写したもの。井関家四代の[[井関家重|河内家重]]作を示す河内印がある。「雪の小面」と同じ[[クスノキ]]を用い、面裏の様子も全て写している<ref>{{Cite web |url=https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-1551?locale=ja |title=能面 小面 |publisher=ColBase: 国立博物館所蔵品統合検索システム |accessdate=2020-12-27}}</ref><ref>[[#神戸女子大|神戸女子大学古典芸能研究センター (2016: 216-19)]]。</ref>。
|image1 = Ko-omote (Noh mask), Tokyo National Museum C-1551.jpg|width1 =100
|image2 = Ko-omote (Noh mask), Tokyo National Museum C-1551 reverse.jpg |width2 =100
}}
[[File:彩画職人部類・下「面」.jpg|thumb|right|240px|[[橘岷江]]『彩画職人部類・下』（[[1784年]]再刻）。制作中の面打師の姿が描かれている。]]
[[江戸時代]]には、能は幕府の式楽として保護され、諸大名も、競って古面や名品を蒐集したり、本面を面打ちに写させたりした。新たな創作はあまり行われなくなり、模作中心となり、どれだけ本面に近づけるかが研究された<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 102)]]。</ref>。本面の写し方は徹底しており、彩色の刷毛目や、鑿跡、面に付いた傷、彩色の剥落まで写しているものもある<ref>[[#神戸女子大|神戸女子大学古典芸能研究センター (2016: 215)]]。</ref>。
 
[[1532年]]（[[天文 (元号)|天文]]元年）に亡くなったと伝えられる三光坊満広の流れを汲む越前{{Ruby|出目|でめ}}家、近江井関家、大野出目家の三家が桃山時代に成立し、これらが江戸時代まで続く世襲面打ち家となった。後に、越前出目家から児玉家と弟子出目家が派生した<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 56)]]。</ref>。
* 越前出目家・江戸出目家<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 106)]]。他家も同じ。</ref>
*:［越前出目家初代］二郎左衛門{{Ruby|満照|みつてる}} - ［2代］{{Ruby|則満|のりみつ}} - ［3代］古源助{{Ruby|秀満|ひでみつ}} - ［江戸出目家初代］古源休{{Ruby|満永|みつなが}} - ［2代］元休{{Ruby|満茂|みつしげ}} - ［3代］元休{{Ruby|満総|みつふさ}} - ［4代］元休満真 - ［5代］{{Ruby|満志|みつゆき}} - ［6代］元休{{Ruby|満光|みつてる}} - ［7代］源助{{Ruby|満守|みつもり}}
* 近江井関家
*: ［初代］井関上総守{{Ruby|親信|ちかのぶ}} - {{Ruby|大光坊幸賢|だいこうぼうこうけん}}
*: ［2代］[[井関次郎左衛門|次郎左衛門{{Ruby|親政|ちかまさ}}]]
*: ［3代］備中守{{Ruby|家久|いえひさ}} - ［4代、江戸井関家］[[井関家重|河内大掾源{{Ruby|家重|いえしげ}}]] - ［弟子］大宮大和{{Ruby|真盛|さねもり}}
* 大野出目家
*: ［初代］[[出目是閑吉満|{{Ruby|是閑吉満|ぜかんよしみつ}}]] - ［2代］{{Ruby|友閑満庸|ゆうかんみつやす}} - ［3代］助左衛門 - ［4代］{{Ruby|洞白満喬|とうはくみつたか}} - ［5代］{{Ruby|洞水満矩|とうすいみつのり}} - ［6代］{{Ruby|甫閑満猶|ほかんみつなお}} - ［7代］{{Ruby|友永庸久|ゆうすいやすひさ}} - ［8代］{{Ruby|長雲庸吉|ちょううんやすよし}} - ［9代］{{Ruby|洞雲庸隆|とううんやすたか}} - ［10代］助左衛門 - ［11代］助太郎 - ［12代］杢之進 - ［13代］丘作
* 児玉家
*: ［江戸出目家初代満永の養子］近江{{Ruby|満昌|みつまさ}} - ［2代］長右衛門{{Ruby|朋満|ともみつ}} - ［3代］長右衛門{{Ruby|能満|よしみつ}}
* 弟子出目家
*: ［江戸出目家初代満永の婿］{{Ruby|古元利栄満|こげんりよしみつ}} - ［2代］元利{{Ruby|寿満|かずみつ}} - ［3代］元利{{Ruby|右満|すけみつ}}
 
江戸時代後期に喜多流九世宗家・喜多七太夫古能が著した『仮面譜』では、古来からの作品から新しいものまでを格付けして、十作、六作、古作、中作、中作以降といううように整理している<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 38)]]。</ref>。
 
=== 近現代 ===
[[明治維新]]後、幕府や藩の庇護を失った能楽界は衰微し、世襲面打ち家も絶えた<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 102)]]。</ref>。他方で、日本国外では美術品として珍重されて、多数の能面が輸出され、欧米の[[美術館]]にも多数が収蔵されることになった<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 103)]]。</ref>。しかし、木は生きて呼吸していることから、日本と海外との間の温度や湿度の差によって、彩色の剥離・剥落等の損傷が進行することが多いとされる<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 199)]]。</ref>。
 
現代に制作された面は、「新面」と呼ばれ価値が低いとの偏見を持たれてきたが、近年では、正当に評価して舞台に使用しようとする傾向がある。その背景には、古作の面を度々舞台で使用することが、保護や保存の観点から控えられるようになったという事情もある<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 188-90)]]。</ref>。創作面は、ほとんど使用されることがないが、新作能が上演される場合に制作・使用されることがあり、一例として、[[1943年]]（昭和18年）の新作能『世阿弥』には、面打師北澤耕雲制作の「世阿弥」の面が用いられた<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 186-87)]]。</ref>。
 
== 面打ち ==
[[File:能面の製作工程.JPG|thumb|right|240px|能面の制作工程]]
[[File:Japan Maskenherstellung 5 makffm.jpg|thumb|right|150px|彩色前の能面]]
能面は、[[ヒノキ]]でできているものが一般的であり、[[キリ]]でできているものもある。ヒノキは木目が比較的そろっていて彫りやすく、寿命も長いからだと考えられる<ref>[[#梅若|梅若 (2003: 12-13)]]、[[#金春|金春ほか (1984: 154)]]。</ref>。木曽檜が山で切り出され川で流されている間に[[天然樹脂|ヤニ]]が抜けたものが最良であると言われるが、現在では入手が困難である<ref>[[#金剛|金剛 (1940: 101)]]。</ref>。
 
能面を制作することを「打つ」という<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 137, 153)]]。</ref>。
 
現在の能面の制作（面打ち）は、古面の模作面（写し）を作ることが主流である。写しを制作する場合、まず本面を傷つけないよう慎重に型紙を作った上<ref group="注釈">もっとも、面打師の北澤三次郎は、面の本質は無形であり、型紙から入門することは危険で、邪道であるとの意見を述べる（[[#金春|金春ほか (1984: 185)]]）。</ref>、大まかには次のような工程を経るとされる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 122-24)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 158-63)]]、[[#金春|金春ほか (1984: 158-68)]]。</ref>。
# 木取り
#: よく乾いた[[ヒノキ]]を、[[鑿]]と[[木槌]]で割る。木の中心側（[[木裏]]）が表側に、樹皮側（[[木表]]）が面裏になるような「[[板目]]」で木取りをする。これは、ヤニが表面に滲み出ることがあっても能面に損傷を与えないためであるという<ref>[[#金剛|金剛 (1940: 101)]]、[[#キーン|キーン (2001: 159)]]。</ref>。もっとも、これに対し疑問を呈し、年輪に垂直に木取りをする「柾目」もあり得、古い面では板目も柾目もあり様々であるという意見もある<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 158-59)]]。</ref>。
# 荒彫り
#: 面の輪郭以外の部分を[[鋸]]で切り取り、表面の輪郭を削りながら整える。
# 中彫り
#: 徐々に細かい顔形を彫り進める。また、面裏を大まかに削る。型紙を当てながら、凹凸を削り出す。
# 木地の仕上げ
#: [[彫刻刀]]で目鼻口の形を整え、目鼻口の穴を開け、紐穴を開ける。また、面裏の彫刻を整える。
# 面裏の漆塗り
#: 面裏には、[[漆]]を塗る場合が多い。これにより木地に耐水性・耐久性を持たせるが、漆を乾かすには、温度・湿度を微妙に調節する必要があり、時間もかかる<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 162-63)]]。</ref>。
# {{Ruby|彩色|さいしき}}
#: [[胡粉]]（[[牡蠣]]の貝殻から作られていることが多い）と[[膠]]で下地塗りをする。下地の表面は、磨く場合と、磨かない場合がある。古い面では、ヤニ止めのため、木地上に和紙を貼り、その上から胡粉下地を塗る紙彩色という手法がとられていることがある<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 164-65)]]。</ref>。
#: 胡粉下地の上に、顔料を入れて色を調整した胡粉上地を塗り、肌合いを出す。その上に上塗りを施すこともある。落ち着いた色調を出すため、すすを用いた液で古色を施す<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 165-66)]]。</ref>。
#: 口には朱、目には墨を入れ、眉、髪、毛描などの着色を行う。
# 金具・植毛
#: 面によっては、目や歯に、[[鍛金]]や[[鍍金]]によって成形した金具を入れる。また、翁面・尉面では、毛を木地に植え付けて髪・眉・髭などを作る。毛は、馬のたてがみや尾の白毛を用いる。尉面では髪を結う<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 170-72)]]。</ref>。
 
面打師の北澤三次郎は、「木の中には完成された面の姿を見ていて、それをいかに引き出すか、いかに余分なものを削り払っていくかということが実際の作業である。技術は表現しようとすることの手段であって、心理や思考が優先する。」と述べている<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 153)]]。</ref>。
 
== 舞台での使用 ==
=== 面と直面 ===
[[File:KANZE Sakon Ataka.jpg|thumb|left|180px|観世流24世宗家[[観世元滋|観世左近]]の『[[安宅 (能)|安宅]]』。現在能であり、シテ（[[武蔵坊弁慶]]）をはじめとする全員が直面である<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 216)]]。</ref>。]]
能楽師は、能面を{{Ruby|面|おもて}}と言い慣わし、面を着用することを「面をかける」「つける」と言い、「かぶる」とは言わない。能では、神仏、天人、仙人、草木の精、鬼神、亡霊、霊獣など、超人間的な存在を演ずる際には面を使用する。超人間的な存在が仮に人間として現れる場合も面をかける場合が多い。また、老人と女性の役にも面が用いられる。一方、現実の壮年の男性の役には、原則として面を用いず、演者が素顔で演じるが、これを{{Ruby|直面|ひためん}}と言う。ただし、壮年の男性であっても『[[自然居士 (能)|自然居士]]』『[[花月 (能)|花月]]』『俊寛』『景清』『弱法師』などのシテには面を用いることとなっている。[[ワキ方]]は、必ず生きた男性の役を演じるため、面をかけることはない。直面の場合は、顔の表情を作ることは禁じられている<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 6)]]、[[#西野|西野監修 (2012: 6)]]、[[#キーン|キーン (2001: 157-58)]]、[[#権藤|権藤 (1979: 276)]]。</ref>。
 
子方は、面をかけない。室町時代から大きさがほぼ決まっている能面は、子供には大きすぎることから、思春期を迎え体が能面に合うようになる頃、初めて能面をかける。これを「{{Ruby|初面|はつおもて}}」という<ref>[[#梅若|梅若 (2003: 13-14)]]。</ref>。
 
なお、[[狂言]]は、基本的に素顔で演じられるが、神仏、亡霊、鬼、動物・魚・植物の精などの超現実的な役のほか、老人、老尼、醜女といった特殊な役柄では、[[狂言面]]を用いる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 10)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 116)]]。</ref>。
 
=== 面の選択 ===
[[File:170421 sumidagawa 001a.jpg|thumb|right|200px|能『[[隅田川 (能)|隅田川]]』。流儀により「曲見」または「深井」を用いる<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 136-37)]]。</ref>。]]
同じ曲目・役柄であっても、流儀によって面の使用に対する好みがある。若い女性面では、[[金春流]]と[[喜多流]]は「{{Ruby|小面|こおもて}}」を最も尊重するのに対し、[[宝生流]]は「{{Ruby|節木増|ふしきぞう}}」、[[観世流]]は「若女」、金剛流は「孫次郎」を流儀の代表面としている<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 110)]]。</ref>。また、同じ小面でも、金春流は無垢な表情のものを好むが、金剛流はわずかに官能的な表情のもの、観世流は肉感的な表情のものを好むといった違いも生じ得る。同じ範疇の面であっても、「{{Ruby|位|くらい}}」の差があり、演者の経験や技量によって、位の高い面を着ける資格を有するかが決せられる。役柄に対する解釈や趣向によっても、どのような位の面を用いるかが変わる<ref>[[#キーン|キーン (2001: 154-56, 161)]]。</ref>。
 
同じ観世流の『熊野』や『松風』でも、面には「若女」「深井」「小面」といった選択肢があるが、「若女」や「小面」を着ける場合、装束は紅を中心とした華やかな{{Ruby|紅入|いろいり}}のものになるのに対し、「深井」を着ける場合には、装束は地味な色調の{{Ruby|紅無|いろなし}}となるなど、面の選択が、装束だけでなく、演出や表現の選択にもつながるため、重要な要素となる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 91)]]。</ref>。
 
なお、上述の若い女性面のように、いくつかの面種の間で一定の互換性があり、その範囲内で面を選択する場合がある一方、天狗物の能は「大癋見」がなければ上演できないとか、大口をはく脇能の老人には「小尉（小牛尉）」が必要であり「阿瘤尉」で代替することはできない、といった決まりごともある<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 214)]]。</ref>。
 
{{Ruby|小書|こがき}}などの演出によっても、面の選択が変わってくる<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 14)]]。</ref>。
 
=== 面をかける作法 ===
[[File:Ukai NOGUCHI Kanesuke.jpg|thumb|left|150px|[[野口兼資]]（宝生流）の『[[鵜飼 (能)|鵜飼]]』前シテ]]
[[File:Noh-stage.jpg|thumb|left|150px|能舞台。左方の橋掛かりの奥が揚幕であり、その奥に鏡の間がある。]]
能楽師は、面を極めて丁重に取り扱う。
{{Quotation|能面を能の道具と見る人がある。{{Interp|中略}}だが、私ども能楽師は、能面を、道具とは思っていない。能面を顔につける時にも、両手でいただくのが作法であるし、能面の入っている面箱は、直接、畳におくようなことはしないで、机や棚に載せるなど、その取り扱いには、細心の注意を払っている。他の能道具や能装束とは、大変な違いなのである。|[[金春信高]]（金春流第79世宗家）|「能面と生きる」能面の本質<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 31)]]。</ref>}}
 
能楽師は、楽屋で装束を着けると、{{Ruby|揚幕|あげまく}}の奥にある鏡の{{Ruby|間|ま}}という空間で面をかける。シテのみが床几について面をかけることが許され、ツレは、鏡の前にひざまずいて面をかける。面の選択も、ツレは格を抑えた控えめなものを選ぶ<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 174)]]。</ref>。能面の両耳部分にある紐穴には飾り紐が通され、その紐の色も面によって決まっている。能楽師は紐穴部分のみを指で触れて面に向き合い、両手で押しいただき、後見ほか数人が角度や位置を厳しく点検しながら、紐を均等に張って面をかける。流儀により、面と顔の間には、柔らかい紙に巻かれた（あるいは布袋に入れられた）詰め物の綿が当てられ、しっかり固定される<ref>[[#キーン|キーン (2001: 158-59)]]、[[#三浦|三浦 (2012: 174)]]、[[#金春|金春ほか (1984: 19)]]。</ref><ref group="注釈">能面の面裏の額に「上当て」、両頬に「横当て」を貼る。横当てをしないと、鼻と口が圧迫され、呼吸が困難になる上、はっきり謡うことができなくなる。また、上当ては、能面のうけ（傾斜の具合）を調節する役割がある（[[#金春|金春ほか (1984: 19-20)]]）。一方、[[#白洲|白洲 (1993: 126)]]によれば、梅若では面を直に顔につける。</ref>。
 
{{Quotation|シテは楽屋で装束をつけた後、鏡の間には、開演三十分前には入る。そして、大きな鏡に向かって、{{Ruby|葛桶|かずらおけ}}（能楽用の腰かけ）に腰かける。鏡に密着して、白木の{{Ruby|八足台|はっそくだい}}があり、能面がその上に飾られてある。頃を図って、シテはその能面を{{Ruby|後見|こうけん}}から受け取り、両手でうやうやしくいただいた後、能面の両眼をじっと見る。これを{{Ruby|開眼|かいげん}}のこころという。祈るような気持である。そして、シテが能面を顔につけると、後見が後ろに廻って面の紐を結ぶ。開演の五分前には、ワキ、狂言、囃子方の諸役も鏡の間に入って待機する。|金春信高|「能面と生きる」鏡の間の秘密<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 39)]]。</ref>}}
 
なお、以上は通常の能の曲の場合であり、『[[翁 (能)|翁]]』の場合は、役者が舞台上で面をかけるという特有の作法がある。すなわち、{{Ruby|面箱|めんばこ}}持ちが翁面を舞台に運び、千歳の舞の後、翁大夫は舞台上で白式尉の面をかけて舞う。その後、三番叟（三番三）が、最初は直面で舞い（揉之段）、続いて黒式尉の面をかけて舞う（鈴之段）<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 16-19)]]、[[#権藤|権藤 (1979: 10-11)]]。</ref>。
 
=== 舞台上の効果 ===
[[File:Adachigahara UMEWAKA Rokuro 55th.jpg|thumb|right|200px|[[梅若六郎 (55世)|55世梅若六郎]]の『[[黒塚 (能)|安達原]] 白頭・長糸之伝』前シテ]]
能楽師にとって、面に生きた表情を与えることは最大の難関である。不意に頭を上げ下げしたり、ぎくしゃくしたりする動きは醜いとされる。特に女面は微妙な「中間表情」を持っているとされ、わずかに面を下に向ける（{{Ruby|曇|クモ}}ラス）、上に向ける（{{Ruby|照|テ}}ラス）などといった扱い方によって、観客から見た効果が変わってくるため、技量が求められる<ref>[[#キーン|キーン (2001: 153, 156-57)]]、[[#西野|西野監修 (2012: 6-8)]]。</ref>。この「中間表情」という見方は、[[野上豊一郎]]が「能面工作の最大特色なる最も日本的な創意」として提唱したものである<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 119)]]。</ref>。激しい表情を持った鬼や天狗の面は、短い登場時間中に用いられるだけなのに対し、女面は、舞台上で長時間つけられ、一つの面で様々な心の動きを表現しなければならないためにこのような工夫が凝らされていると言われる<ref>[[#白洲|白洲 (1993: 124-25, 129)]]。</ref>。良い面ほど、少しの角度の差で大きく表情を変えると言われる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 6-8)]]。</ref>。
 
演者の立場からは、美術工芸品として美しい面と、舞台で生きる面では微妙に違い、近くで見ると素晴らしい面でも、観客席まで力が届かない場合もあると指摘されている<ref>[[#神戸女子大|神戸女子大学古典芸能研究センター (2016: 61)]]、[[#金春|金春ほか (1984: 106-07)]]。</ref>。
 
面をかけると、視界がさえぎられ、呼吸も不自由になるため、演者には身体と精神の厳しい修行が求められる<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 7)]]。</ref>。面の両目の間隔は人の目よりも狭く、右か左かの利き目に合わせて、片目で見ることとなる。特に見にくいのは女面、中でも目鼻口が中央に寄っている小面であると言われる。自分が舞台の上のどこにいるかを知るにも、目と鼻孔の小さな穴を通したわずかな視界から覗き見るほかなく、舞台の四方の柱や、囃子方の位置を見て、方向や歩数を計る。扇を開くような簡単な型でさえ、目で見ながら行うことはできず、長い袖の下から手探りで行わなければならない。「[[弱法師 (能)|弱法師]]」のような盲目の役柄に使う面の目は、通常の小さな穴ではなく、下向きの切れ目であるため、むしろ演者にとっては視界が広くなる<ref>[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 169-70)]]、[[#キーン|キーン (2001: 153, 161-62)]]、[[#金剛|金剛 (1940: 131)]]、[[#白洲|白洲 (1993: 130)]]。</ref>。能ですり足をするようになったのも、もともと、視界が限られ、体重のバランスを保つことが難しいという事情によると考えられる<ref>[[#金春|金春ほか (1984: 21)]]。</ref>。
 
== 種類 ==
能面には、完成された類型が約60種類あるとされ、約60種類をそろえれば、約240曲の現行曲のほとんどを上演することができると言われる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 10)]]、[[#三浦|三浦 (2012: 6)]]。</ref>。ただ、細かく挙げると、現在知られる面の名称は約300、面種は約250に及ぶとされる<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 213)]]、[[#神戸女子大|神戸女子大学古典芸能研究センター (2016: 11)]]。</ref>。その中には、同名異種または異名同種の面がある。また、一般に異名異種とされる面であっても、「深井」と「曲見」のように、顔立ちの点からは区別をすることができず、毛描が流れ出す位置によって区別しているにすぎないという場合もあり、面種の区別を立てる基準は必ずしも明確ではない<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 206-07)]]。</ref>。
 
能面の分類には様々なものがあり、以下は、用いられる役柄と形態上の特徴による分類の一例である<ref group="注釈">ここでは[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 217-27)]]、[[#西野|西野監修 (2012: 26)]]を基本とした。</ref>。
{| class="wikitable"
|-
! || || 老体面（尉面） || 女体面（女面） || 男体面（男面）
|-
| rowspan="4" | '''人相面'''（人間） || rowspan="2" | '''常相面'''（穏やかな表情の人間） || rowspan="2" style="background-color:lightgray" |
* {{Ruby|双髭尉|もろひげじょう}}類（口髭と顎髭の双方が植毛で、庶民の老人）
* {{Ruby|小尉|こじょう}}類（顎髭だけが植毛で、主に現在体・化身体の老体）
* {{Ruby|舞尉|まいじょう}}類（顎髭だけが植毛で、主に霊体の老体）
| style="background-color:mistyrose" |
* {{Ruby|若女|わかおんな}}類（{{Ruby|紅入|いろいり}}の若い女体）
* {{Ruby|更女|ふけおんな}}類（{{Ruby|紅無|いろなし}}の中年の女体で、頬にやつれ窪がある）
| style="background-color:#7dcafa" |
* {{Ruby|喝食|かっしき}}類（年少の仏道修行者）
* {{Ruby|若男|わかおとこ}}類（常相の男体の代表面）
* {{Ruby|荒男|あらおとこ}}類（武将の平太、頼政）
|-
| style="background-color:linen" |
* {{Ruby|老女|ろうじょ}}類（老齢の女体）
| style="background-color:lightcyan" |
* {{Ruby|童子|どうじ}}類（童顔の男体）
|-
| rowspan="2" | '''奇相面'''（非日常的なすさまじい表情の人間） || rowspan="2" | ||style="background-color:navajowhite" |
* {{Ruby|泥眼|でいがん}}類（白目の部分に金泥があり、恨みと怒りを宿した表情）
* {{Ruby|橋姫|はしひめ}}類（激しい表情）
* {{Ruby|痩女|やせおんな}}類（衰弱した表情）
| rowspan="2" style="background-color:powderblue" |
* {{Ruby|怪士|あやかし}}類（力強い表情）
* {{Ruby|痩男|やせおとこ}}類（衰弱した表情）
|-
| style="background-color:blanchedalmond" |
* {{Ruby|山姥|やまんば}}類（奇相の老齢の女性）
|-
| colspan="2" | '''異相面'''（鬼や天狗などの異類） || style="background-color:lightsalmon" |
* {{Ruby|悪尉|あくじょう}}類（開き口の異相の老体）
* {{Ruby|癋見悪尉|べしみあくじょう}}類（ベシミ口の異相の老体）
| style="background-color:#ffb699" |
* {{Ruby|蛇|じゃ}}類（金色の角を有する異相の女体）
| style="background-color:#ffc8b3" |
* {{Ruby|癋見|べしみ}}類（ベシミ口の異相面）
* {{Ruby|飛出|とびで}}類（眉間にしわのない開き口の異相面で、舌があり牙はない）
* {{Ruby|顰|しかみ}}類（眉間にしわがある開き口の異相面で、牙がある）
|-
| colspan="2" | '''畜類面'''（動物） || colspan="3" style="background-color:#e6c4b8" |
* {{Ruby|野干|やかん}}類（猛悪な狐）
|-
| colspan="2" | '''仏体面''' || colspan="3" style="background-color:#ffff99" |
* {{Ruby|天神|てんじん}}類、{{Ruby|明王|みょうおう}}類、{{Ruby|如来|にょらい}}類
|}
なお、人間でも異類でもない神や、物の精などには、特別の類型の面がなく、人相面または異相面のいずれかを用いる<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 217)]]。</ref>。
 
=== 主な面種（能面・翁面）の例 ===
{| class="wikitable"
|-
! グループ || 名称 || 画像 || 特徴・用途
|-
| colspan="4" style="background-color:tan" | {{Ruby|翁|おきな}}面
|-
| colspan="2" style="background-color:tan" | {{Ruby|白式尉|はくしきじょう}} || [[File:Okina type noh mask, Muromachi period, 1400s-1500s AD, wood, polychromy - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC08991.jpg|80px]] || [[式三番]]の白式尉が着ける。シテ方が務め、天下泰平を祈り、拍子を踏む。面は、口の両端が切れ、紐で結びつけた「切り顎」形式、麻や兎の毛を貼り付けた眉、「へ」の字にくり抜かれた目といった点で、翁以外の能面とは異なる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 12)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 20, 34)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Hakushiki-jō (Nō mask)|白式尉]]
|-
| colspan="2" style="background-color:burlywood" | {{Ruby|黒式尉|こくしきじょう}}（{{Ruby|[[三番叟]]|さんばそう}}） || [[File:Kokushikijyou 20160409.JPG|80px]] || 式三番の黒式尉（三番叟）が着ける。狂言方が務め、五穀豊穣を祈る。面は、白式尉と同様の「切り顎」である<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 12)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 20, 36)]]。</ref>。眉は馬の[[たてがみ]]を使用する<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 19)]]。</ref>。
|-
| colspan="2" style="background-color:wheat" | {{Ruby|父尉|ちちのじょう}} || [[File:Chichi-no-jō (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 現在の式三番では一般的には用いられていないが、『翁』の「父尉延命冠者」という特殊演出において、翁が父尉の面を着ける。「切り顎」である。目尻は吊り上がり、顎は植毛がなく、白式尉より若々しく感じられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 12)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 28)]]。</ref>。
|-
| colspan="2" style="background-color:#f5e4c4" | {{Ruby|延命冠者|えんめいかじゃ}} || [[File:Enmei-Kaja (Noh mask), Tokyo National Museum C-1566.jpg|80px]] || 現在の式三番では一般的には用いられていないが、『翁』の「父尉延命冠者」という特殊演出において、{{Ruby|千歳|せんざい}}が延命冠者の面を着ける。また、『[[鷺 (能)|鷺]]』を中年の演者が演じる場合には延命冠者を着ける。翁の面の中では唯一「切り顎」となっていない<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 12)]]。</ref>。室町時代前期には翁舞から外されたので、遺品は少ない<ref>{{Cite web |url=https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-1566?locale=ja |title=能面 延命冠者 |publisher=ColBase: 国立博物館所蔵品統合検索システム |accessdate=2020-12-15}}</ref>。
|-
| colspan="4" style="background-color:silver" | {{Ruby|尉|じょう}}面
|-
| rowspan="3" style="background-color:silver" | {{Ruby|双髭尉|もろひげじょう}}類 || {{Ruby|三光尉|さんこうじょう}} || [[File:Sankō-jō (Noh mask), Tokyo National Museum C-1459.jpg|80px]] || 頭部、顎のほか、鼻下に植毛があり、一般には額の皺が5本彫られている。他の尉と比べ、皺の彫り方が写実的であり、庶民的な要素と神秘的な要素を併せ持っている。『[[八島 (能)|八島]]』や『[[実盛]]』の前シテに用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 30, 92)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 38)]]。</ref>。主に観世流以外の流儀が用いる<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 53)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|朝倉尉|あさくらじょう}} || [[File:Asakura-jō (Noh mask), Tokyo National Museum C-44.jpg|80px]] || 頭部、顎のほか、鼻下に植毛があり、額の皺が4本彫られている<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 92)]]。</ref>。主に[[観世流]]・[[宝生流]]が用いる。快活で人間的な表情であり、『[[実盛]]』の前シテ・後シテなどに用いられる<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 45)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|笑尉|わらいじょう}} || [[File:Waraijō (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 頭部、顎のほか、鼻下に植毛があり、額の皺の下から2本目が途中で切れているのが特徴である<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 92)]]。</ref>。主に観世流・宝生流が用いる。快活で上品な表情であり、神の化身である前シテの老人などに用いられる<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 35)]]。</ref>。
|-
| rowspan="2" style="background-color:lightgray" | {{Ruby|小尉|こじょう}}類 || {{Ruby|小尉|こじょう}}（{{Ruby|小牛尉|こうしじょう}}） || [[File:Kojō (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 室町初期の小牛清光が創作したとされる。頭部と顎のみに植毛があり、額の皺は3本で両端が下がる。『[[高砂 (能)|高砂]]』や『[[弓八幡]]』などの[[脇能]]に用いられ、品格の高さを表す<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 93)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 41)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|阿古父尉|あこぶじょう}}（{{Ruby|阿瘤尉|あこぶじょう}}） || [[File:Akobujō (Noh mask), Tokyo National Museum C-1530.jpg|80px]] || 頭部と顎のみに植毛があり、鼻下と唇下の髭は毛描である。額の皺は3本で両端が上がる。『[[木賊 (能)|木賊]]』の木賊狩の老人や、『[[唐船]]』の中国の老人に用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 31, 93)]]。</ref>。
|-
| rowspan="2" style="background-color:gainsboro" | {{Ruby|舞尉|まいじょう}}類 || {{Ruby|舞尉|まいじょう}} || [[File:Maijō (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 品格の高い端正な老人の面である。頭部と顎のみに植毛があり、額の皺は4本である。『[[西行桜]]』『[[遊行柳]]』『[[白楽天 (能)|白楽天]]』『[[老松 (能)|老松]]』などの後シテに用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 32, 93)]]。</ref>。宝生流と金剛流で使う面である<ref>{{Cite web |url=https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-1462?locale=ja |title=能面 舞尉 |publisher=ColBase: 国立博物館所蔵品統合検索システム|accessdate=2020-12-14}}</ref>。
|-
| {{Ruby|皺尉|しわじょう}} || [[File:Shiwajō (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 品格の高い老人の面である。頭部と顎のみに植毛があり、流線型の目である。『[[西行桜]]』『[[遊行柳]]』などの後シテに用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 33, 93)]]。</ref>。石王尉も同様の演目に用いられるが、皺尉が上の歯に鉄漿を差すのに対し、石王尉は上下の歯に金泥を施すといった差異がある<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 71, 97)]]。</ref>。
|-
| colspan="4" style="background-color:mistyrose" | {{Ruby|女|おんな}}面
|-
| rowspan="6" style="background-color:mistyrose" | {{Ruby|若女|わかおんな}}類 || {{Ruby|若女|わかおんな}} || [[File:Waka-onna (Noh mask), Tokyo National Museum C-164.jpg|80px]] || 若女は、若い女面の中でも[[観世流]]が重んじる面である<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 59, 69, 159)]]。</ref>。中央の分け目から少し太く2本、こめかみ辺りに細く3本、その下へ3本と、3段の{{Ruby|毛描|けがき}}が交差する<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 95)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Waka-onna (Nō mask)|若女]]
|-
| {{Ruby|増|ぞう}}（{{Ruby|増女|ぞうおんな}}） || [[File:Zo'onna type noh mask, with branded mark Tenkaichi Omi, Edo period, 1600s-1700s AD, wood, polychromy - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC08963.jpg|80px]] || [[宝生流]]には木の節のしみが鼻の上に見える{{Ruby|節木増|ふしきぞう}}という本面があり、重んじられている<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 220)]]、[[#三浦|三浦 (2012: 73)]]。</ref>。[[世阿弥]]と同世代の田楽師[[増阿弥]]の創作とされる。『[[三輪 (能)|三輪]]』の女神、『[[羽衣 (能)|羽衣]]』『[[吉野天人]]』などの天女に用いられる。多くの場合頭に冠をいただくため、「{{Ruby|天冠下|てんがんした}}」とも呼ばれる。全体に色が白く、端正で品位がある。中央の分け目から頬にかけて、2本、3本、3本の3段の毛描が交差する<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 36, 95)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 50)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Zō (Nō mask)|増女]]
|-
| {{Ruby|孫次郎|まごじろう}} || [[File:Magojirō (Noh mask), Tokyo National Museum C-124.jpg|80px]] || 江戸時代初期の能楽師金剛孫次郎頼勝が、亡き妻の面影を写して打った面と伝えられる。特に[[金剛流]]が重んじる面である<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 93)]]。</ref>。『[[野宮 (能)|野宮]]』『[[松風 (能)|松風]]』などの恋する女に用いられる。中央の分け目から2本の毛描が発するが、頬にかけて、3本、次いで4本となる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 35, 94)]]。</ref>。小面に比べ、ほっそりとして色気が漂う<ref>{{Cite web |url=https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-124?locale=ja |title=能面／孫次郎 |publisher=ColBase: 国立博物館所蔵品統合検索システム |accessdate=2020-12-17}}</ref>。
|-
| {{Ruby|小面|こおもて}} || [[File:Ko-omote (Noh mask), Tokyo National Museum C-1552.jpg|80px]] || 若い女性の美しさを表現する代表的な女面である。多様な表情の面があり、曲趣によって使い分けられる。目、鼻、口が中央に寄り、額から頬にかけて3本の毛描が溝のように彫られている<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 34)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 46)]]。</ref>。小面は、特に[[金春流]]・[[喜多流]]が大切にする面である<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 99)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Ko-omote (Nō mask)|小面]]
|-
| {{Ruby|万媚|まんび}} || [[File:Manbi (Noh mask), Tokyo National Museum C-1484.jpg|80px]] || 小面と比べ、口端が上がって笑みを含み、瞳が大きく、小面より妖艶な印象を与える<ref>{{Cite web |url=https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-1484?locale=ja |title=能面 万媚 |publisher=ColBase: 国立博物館所蔵品統合検索システム |accessdate=2020-12-18}}</ref>。3本の毛描のうち、外側の1本が紐穴付近から中に入り、頬に乱れが数本生じるのが特徴である<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 94)]]。</ref>。『[[班女]]』のシテ（遊女・花子）などに用いられることがある<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 161)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Manbi (Nō mask)|万媚]]
|-
| {{Ruby|近江女|おうみおんな}} || [[File:Ōmi-onna (Noh mask), Tokyo National Museum C-35.jpg|80px]] || 江戸時代初期頃までは、女性の恋を取り上げた[[鬘能]]によく使用されていたようだが、現在では『道成寺』の前シテに用いられている<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 37)]]。</ref>。離れ目が特徴で、色気はあるが卑しい感じもある面である<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 220)]]。</ref>。
|-
| rowspan="2" style="background-color:peachpuff" | {{Ruby|更女|ふけおんな}}類 || {{Ruby|深井|ふかい}} || [[File:Fukai (Noh mask), Tokyo National Museum C-59.jpg|80px]] || [[近江国]]越智の深井という武士が打ったとされる。中年女性を表し、頬が痩せている。『[[隅田川 (能)|隅田川]]』『[[三井寺 (能)|三井寺]]』『[[百万 (能)|百万]]』などで、失った子供を探し求める母親や、心寂しい人妻などに用いられる。中央の分け目から頬にかけて、3本、3本、3本の3段の毛描が交差する<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 38, 95)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 57)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Fukai (Nō mask)|深井]]
|-
| {{Ruby|曲見|しゃくみ}} || [[File:Shakumi (Noh mask), Tokyo National Museum C-1549.jpg|80px]] || 深井より年長の女である。深井と同様、『[[百万 (能)|百万]]』『[[隅田川 (能)|隅田川]]』『[[砧 (能)|砧]]』などで、母親や中年の女性の役に用いる。主に[[観世流]]・[[宝生流]]では深井を用い、[[金春流]]・[[金剛流]]・[[喜多流]]では曲見を用いる（宝生流では曲見を用いることもある）。毛描が、中央の分け目から離れた位置から発し、3本、3本、3本の3段が交差する<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 39, 95)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 56)]]、[[#三浦|三浦 (2012: 107, 131)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Shakumi (Nō mask)|曲見]]
|-
| style="background-color:navajowhite" | {{Ruby|泥眼|でいがん}}類 || {{Ruby|泥眼|でいがん}} || [[File:Deigan type noh mask, with branded mark Tenkaichi Zekan, Azuch-Momoyama to Edo period, 1500s-1600s AD, wood, polychromy - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC08967.jpg|80px]] || 目に金泥を施すことから泥眼と呼ばれる。古くは女性が[[菩薩]]となった相貌を表したが、江戸時代以降は『[[葵上]]』『[[鉄輪 (能)|鉄輪]]』の前シテ、『[[砧 (能)|砧]]』の後シテなど、女性の[[生霊]]・[[怨霊]]の役に用いられるようになった。また、『[[海人 (能)|海人]]』の竜女にも用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 40)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 58)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Deigan (Nō mask)|泥眼]]
|-
| style="background-color:moccasin" | {{Ruby|橋姫|はしひめ}}類 || {{Ruby|橋姫|はしひめ}} || [[File:Hashihime type noh mask, Edo period, 1600s AD, wood, polychromy - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC08979.jpg|80px]] || 本来は『橋姫』という能に用いる面であったとされる。現在では、離縁された夫に鬼となって復讐する『[[鉄輪 (能)|鉄輪]]』の後シテに用いられることが多い。額は白く、目から下が赤く彩色され、凄惨な復讐の姿を表す<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 41)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 59)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Hashihime (Nō mask)|橋姫]]
|-
| style="background-color:bisque" | {{Ruby|痩女|やせおんな}}類 || {{Ruby|痩女|やせおんな}} || [[File:Yase onna, AK-MAK-125.jpg|80px]] || 目がくぼみ、頬が落ちている<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 221)]]。</ref>。死霊の面である。『[[定家 (能)|定家]]』の後シテ（[[式子内親王]]）などに用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 42)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 62)]]、[[#三浦|三浦 (2012: 74-75)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Yase-onna (Nō mask)|痩女]]
|-
| rowspan="2" style="background-color:linen" | {{Ruby|老女|ろうじょ}}類 || {{Ruby|老女|ろうじょ}} || [[File:No-Maske Rojo Museum Rietberg.jpg|80px]] || 常相の老齢の女性のうち、シテに用いられる面の代表である。痩女に近い顔立ちのものから、やせていない美しい顔立ちのものまである<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 221)]]。</ref>。白髪で、骨ばった表情である。『[[卒都婆小町]]』などの老女に用いられる<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 141)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|姥|うば}} || [[File:Uba (Noh mask), Tokyo National Museum C-1559.jpg|80px]] || 『[[高砂 (能)|高砂]]』『[[国栖 (能)|国栖]]』の姥（ツレ）などに用いられる。神が人間の姿を借りた化身であり、品格がある。『[[関寺小町 (能)|関寺小町]]』『[[姨捨 (能)|姨捨]]』などの老女の役にも使われる<ref>[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 63)]]。</ref><ref>{{Cite web |url=https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-1559?locale=ja |title=能面 姥 |publisher=ColBase: 国立博物館所蔵品統合検索システム |accessdate=2020-12-15}}</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Uba (Nō mask)|姥]]
|-
| style="background-color:blanchedalmond" | {{Ruby|山姥|やまんば}}類 || {{Ruby|山姥|やまんば}} || [[File:Yamauba type noh mask, attributed to Suminobo, Azuchi-Momoyama period, 1500s AD, wood, polychromy - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC08976.jpg|80px]] || 『[[山姥 (能)|山姥]]』1曲のみに用いる専用面である。頭は白髪、顔は赤味を帯び、目は鍍金銅板がはめられて超自然的な存在を表す<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 44)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 65)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Yamanba (Nō mask)|山姥]]
|-
| colspan="4" style="background-color:skyblue" | {{Ruby|男|おとこ}}面
|-
| style="background-color:skyblue" | {{Ruby|喝食|かっしき}}類 || {{Ruby|喝食|かっしき}} || [[File:No-Maske Ko-Kasshiki Museum Rietberg.jpg|80px]] || [[喝食]]は、半僧半俗で、禅寺で僧侶の食事に奉仕する少年である。『[[花月 (能)|花月]]』『[[自然居士 (能)|自然居士]]』『[[東岸居士]]』などの喝食物に用いられる。額の前髪は、[[おかっぱ]]型と銀杏型があり、前髪部分の大小により「大喝食」「中喝食」「小喝食」と分けられ、曲柄に合わせて使い分けられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 48)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 72-73)]]。</ref>。[[宝生流]]・[[金春流]]・[[金剛流]]は大喝食を指定している<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 133)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Kasshiki (Nō mask)|喝食]]
|-
| rowspan="6" style="background-color:#7dcafa" | {{Ruby|若男|わかおとこ}}類 || {{Ruby|若男|わかおとこ}} || [[File:Wakaotoko (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 寄せ眉で眉根に二重じわがある<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 222)]]。</ref>。『[[邯鄲 (能)|邯鄲]]』『[[女郎花 (能)|女郎花]]』『[[経正]]』などに用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 49)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|邯鄲男|かんたんおとこ}} || [[File:Kantan-otoko (Noh mask), Tokyo National Museum C-40.jpg|80px]] || 若男と同様、寄せ眉で眉根に二重じわがあるが、口が大きめで頬にやつれ窪があるのが特徴である<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 222)]]。</ref>。『[[邯鄲 (能)|邯鄲]]』に用いられる<ref>[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 77)]]。</ref>。『邯鄲』の盧生のような現実の男性に面を使うのは、能面の用法としては例外的である。『[[高砂 (能)|高砂]]』『[[志賀 (能)|志賀]]』『[[養老 (能)|養老]]』などの若い男神、『[[歌占]]』の男巫に用いることもある<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 125)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|今若|いまわか}} || [[File:Imawaka character, Noh mask, early 1700s, stamped Tenkaichi Deme inside - George Walter Vincent Smith Art Museum - DSC03536.JPG|80px]] || 主に観世流・宝生流が用いる。白い肌、眉間の皺など、やや若年の公達を表す<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 47)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|十六|じゅうろく}} || [[File:Juroku (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || [[平敦盛]]が戦死した年齢にちなむ名称であり、あどけなさと若くして討たれた悲哀を表す。『[[敦盛 (能)]]』の後シテに用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 50)]]。</ref>。肌は白く透き通り、ほのかに朱が差す。公達であるため、歯に[[鉄漿]]を差す<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 41)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|中将|ちゅうじょう}} || [[File:Chūjō (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 公達の面である。作り眉で、眉根に山形じわがある。厳しい表情のものは、『[[清経]]』『[[経正]]』『[[忠度]]』などの[[修羅物]]に、穏やかな表情のものは『[[融]]』『[[雲林院 (能)|雲林院]]』などに用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 51)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 76)]]、[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 222)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Chūjō (Nō mask)|中将]]
|-
| {{Ruby|蝉丸|せみまる}} || [[File:No-Maske Semimaru Museum Rietberg RJP 4014.jpg|80px]] || 『[[蝉丸 (能)|蝉丸]]』に用いられる専用面である。盲目の皇子であり、琵琶の音に耳を澄ます純真な少年である<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 139)]]。</ref>。
|-
| rowspan="2" style="background-color:lightblue" | {{Ruby|荒男|あらおとこ}}類 || {{Ruby|平太|へいた}} || [[File:Heita (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || はね眉、八字髭が特徴<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 223)]]。</ref>。勇猛な武将の面であり、『[[田村 (能)|田村]]』『[[八島 (能)|八島]]』『[[箙 (能)|箙]]』の勝修羅物に用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 52)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 74)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|頼政|よりまさ}} || [[File:Yorimasa (Noh mask), Tokyo National Museum C-168.jpg|80px]] || 『[[頼政 (能)|頼政]]』の専用面である。悲惨な死を遂げた亡霊を表し、眼に金泥を施し、上の歯列だけに金を差す<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 55)]]。</ref>。
|-
| rowspan="5" style="background-color:powderblue" | {{Ruby|怪士|あやかし}}類 || {{Ruby|怪士|あやかし}} || [[File:Ayakashi (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 怪士は海に現れる化物の意味があり、『[[船弁慶]]』の後シテ（[[平知盛]]の幽霊）などに用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 53)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|三日月|みかづき}} || [[File:Giappone, maschera per il No mizayuki (divinità maschile), xvi secolo.jpg|80px]] || 『[[高砂 (能)|高砂]]』『[[弓八幡]]』などの後シテの男神に用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 54)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 79)]]。</ref>。『[[船弁慶]]』の後シテ（平知盛の幽霊）に用いられることもある。面裏に三日月型の刀跡があることからこの名が付いた<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 37)]]。</ref>。観世流が主に用いる<ref>[[#岩波講座別巻|横道ほか・岩波講座別巻 (1992: 512)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Mikazuki (Nō mask)|三日月]]
|-
| {{Ruby|神体|しんたい}} || [[File:Shintai (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 『[[高砂 (能)|高砂]]』『[[弓八幡]]』などの男神に用いられるが、特に品格を重んじる場合に着用される<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 55)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 78)]]。</ref>。宝生流が主に用いる<ref>[[#岩波講座別巻|横道ほか・岩波講座別巻 (1992: 512)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|鷹|たか}} || [[File:Nō mask - Etnografiska museet - Stockholm, Sweden - DSC01130.JPG|80px]] || 古くは「{{Ruby|多賀|たか}}」、「{{Ruby|祟神|たたりかみ}}」とも書かれた。一種の神体面であり、上瞼の中央が持ち上がり、目が三角状に見える<ref>[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 82)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Taka (Nō mask)|鷹]]
|-
| {{Ruby|一角仙人|いっかくせんにん}} || [[File:Ikkaku-Sennin (Noh mask), Tokyo National Museum C-73.jpg|80px]] || 『[[一角仙人 (能)|一角仙人]]』の専用面である。一角仙人はインドの仙人で、鹿の胎内から生まれたので額に角がある。角を外すと怪士系統の面である<ref>[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 80)]]、[[#三浦|三浦 (2012: 111)]]。</ref>。
|-
| rowspan="4" style="background-color:paleturquoise" | {{Ruby|痩男|やせおとこ}}類 || {{Ruby|痩男|やせおとこ}} || [[File:Yase-otoko (Noh mask), Tokyo National Museum C-1541.jpg|80px]] || 猟師や漁夫が殺生の罪で地獄に堕ち、幽霊として現れる面である。地獄の責め苦に苦しみ、憔悴した表情である。『[[善知鳥]]』『[[阿漕]]』『[[藤戸 (能)|藤戸]]』に用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 56)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 83)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Yase-otoko (Nō mask)|痩男]]
|-
| {{Ruby|蛙|かわず}}（河津） || || 頬骨が突き出して眼窩がくぼみ、両目の間が開いていて目線が虚ろであり、水死した男の姿である。『[[阿漕]]』『[[藤戸 (能)|藤戸]]』に用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 57)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|俊寛|しゅんかん}} || [[File:Shunkan (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 『[[俊寛 (能)|俊寛]]』に用いられる。鬼界島に流罪になり、一人赦免から漏れた[[俊寛]]の孤独や屈折を表す<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 58)]]。</ref>。現実の男性に面を用いるのは、能面の用法としては例外的である<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 135)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|景清|かげきよ}} || [[File:Kagekiyo (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 『[[景清 (能)|景清]]』の専用面である。平家の侍大将だったが、平家滅亡後、[[平家の落人|落人]]となり、自ら目をえぐって盲目となった[[藤原景清]]の姿を表す<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 59)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 84)]]。</ref>。
|-
| rowspan="4" style="background-color:lightcyan" | {{Ruby|童子|どうじ}}類 || {{Ruby|童子|どうじ}} || [[File:No-Maske Doji Museum Rietberg.jpg|80px]] || 『[[枕慈童]]』『[[菊慈童]]』『[[天鼓 (能)|天鼓]]』の神性を帯びた少年に用いられる。『[[石橋 (能)|石橋]]』『[[小鍛冶 (能)|小鍛冶]]』『[[田村 (能)|田村]]』の前シテや、『[[大江山 (能)|大江山]]』の前シテの童子役にも用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 60)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 86)]]、[[#三浦|三浦 (2012: 127)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Dōji (Nō mask)|童子]]
|-
| {{Ruby|慈童|じどう}} || || 童子と似ているが、より幼さと神秘性を強調しており、彫刻や毛描の手法に違いが見られる。童子と同様の曲目に用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 61)]]。</ref>。主に[[観世流]]で用いられる<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 127, 151)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|猩々|しょうじょう}} || [[File:Shōjō (Noh mask), Tokyo National Museum C-1535.jpg|80px]] || 『[[猩猩|猩々]]』の専用面である。猩々は海中に棲む酒好きの妖精であり、強い朱色の肌、額には水中から上がったばかりのような濡れて乱れた毛描が特徴である<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 62)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Shōjō (Nō mask)|猩々]]
|-
| {{Ruby|弱法師|よろぼし}} || [[File:Yoroboshi (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 『[[弱法師]]』のシテ（俊徳丸）に用いられる。盲目の青年が父と再会する物語であり、悲哀を感じさせる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 63)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 89)]]。</ref>。
|-
| colspan="4" style="background-color:lightsalmon" | {{Ruby|鬼|おに}}面
|-
| rowspan="3" style="background-color:lightsalmon" | {{Ruby|悪尉|あくじょう}}類 || {{Ruby|大悪尉|おおあくじょう}} || [[File:Oakujo type noh mask, inscription 'One of the 23 masks of Master Aiwaka of Tango', Azuchi-Momoyama to Edo period, 1500s-1600s AD, wood, polychromy - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC09012.jpg|80px]] || 悪尉は強く恐ろしげな老人という意味である。大悪尉は、目と歯に鍍金銅板がはめられ、顎と鼻下に植毛があり、神や仙人の役に用いられる。『[[鞍馬天狗 (能)|鞍馬天狗]]』の「白頭」という小書や、『[[白髭]]』『[[難波 (能)|難波]]』『[[道明寺 (能)|道明寺]]』の異邦人の役にも用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 66)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 96)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Akujō (Nō mask)|悪尉]]
|-
| {{Ruby|鼻瘤悪尉|はなこぶあくじょう}} || [[File:Hanakobu-akujō (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 鼻筋に瘤のような隆起があり、怪異な形相の悪尉である<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 67)]]。</ref>。『[[張良 (能)|張良]]』の後シテに用いる場合がある<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 148-49)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|茗荷悪尉|みょうがあくじょう}} || [[File:Myoga'akujo type noh mask, Muromachi period, 1400s-1500s AD, wood, polychromy - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC09007.jpg|80px]] || 目頭が吊り上がり、目尻が垂れ下がり、目には金具や朱が施される。『[[道明寺 (能)|道明寺]]』の末社の神、白太夫や、『[[張良 (能)|張良]]』で[[張良]]に軍略を授ける後シテ（[[黄石公]]）など、少し人間味を帯びた役に用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 68)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 97)]]。</ref>。
|-
| style="background-color:#ffa480" | {{Ruby|癋見悪尉|べしみあくじょう}}類 || {{Ruby|癋見悪尉|べしみあくじょう}} || [[File:Beshimi-Akujō (Noh mask), Tokyo National Museum C-1464.jpg|80px]] || 『[[善界]]』『[[鞍馬天狗 (能)|鞍馬天狗]]』の小書「白頭」など、老体の天狗や神に用いられる。顎や口の周辺に髭が植毛され、霊性や神秘性を表す<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 69)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 98)]]。</ref>。
|-
| rowspan="3" style="background-color:#ffb699" | {{Ruby|蛇|じゃ}}類 || {{Ruby|[[真蛇]]|しんじゃ}} || [[File:Shinjya-1j.jpg|80px]] || 「般若」をより凶悪にした姿であり、『[[道成寺 (能)|道成寺]]』に用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 70)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 70)]]。</ref>。般若と比べ、開き口が大きく、舌を見せ、耳がないのが特徴であるが、例外もある<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 224)]]、[[#金春|金春ほか (1984: 76-77)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|[[般若の面|般若]]|はんにゃ}} || [[File:Han'nya type noh mask, with inscription Omi utsu, Edo period, 1600s-1700s AD, wood, polychromy - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC08983.jpg|80px]] || この面を作った般若坊に由来する名称といわれる<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 105)]]。</ref>。鬼女の面であり、『[[葵上]]』『[[黒塚 (能)|黒塚]]』『[[道成寺 (能)|道成寺]]』などの後シテに用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 71)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 69)]]。</ref>。舌はない。顔の上半分には悲しみの表情、下半分には怒りの表情が読み取れ、複雑な感情が込められている<ref>[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 204, 224)]]。</ref>。品格と顔色から、白般若・赤般若・黒般若の別があり、『葵上』の[[六条御息所]]には品格の高い白般若、『黒塚』の鬼女には最も動物的な表情を持つ黒般若、『道成寺』の蛇体には中間の品格の赤般若、というように使い分けられることが多い<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 105, 107, 155)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Hannya (Nō mask)|般若]]
|-
| {{Ruby|[[生成]]|なまなり}} || [[File:Namanari type noh mask, Edo period, 1700s-1800s AD, wood, polychromy - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC08971.jpg|80px]] || 伝書に「是は般若に今少し足らぬ所の面なり。角みじかきゆへ生成と名付」とあり、般若になりきっていないため生成と呼ばれる。般若より角が短く、目には鍍金銅板が入る。口は大きく開き、舌を見せる。『[[鉄輪 (能)|鉄輪]]』の後シテに用いられることが多い<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 71)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 68)]]、[[#岩波講座4|横道・岩波講座4巻 (1987: 224)]]。</ref>。
|-
| rowspan="3" style="background-color:#ffc8b3" | {{Ruby|癋見|べしみ}}類 || {{Ruby|大癋見|おおべしみ}} || [[File:Musee Carcassonne - Expo 2018 - Masque No 07.jpg|80px]] || 伝書に「是は天狗の面なり。天狗は陰なるもの故口を閉ず」とあるように、口を強く結んだ[[天狗]]の姿を表す。『[[大会 (能)|大会]]』『[[車僧]]』『[[鞍馬天狗 (能)|鞍馬天狗]]』に用いられる<ref>[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 99)]]。</ref>。『申楽談儀』によれば、大癋見の作者は{{Ruby|赤鶴|しゃくづる}}とされ、[[観阿弥]]の時代から伝わる自慢の面であったとされる<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 187)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Ō-beshimi|大癋見]]
|-
| {{Ruby|小癋見|こべしみ}} || [[File:Kobeshimi (Noh mask), Tokyo National Museum C-1564.jpg|80px]] || 大癋見が天狗魔障を表すのに対し、小癋見は地獄の鬼神である。目は小さく鋭く、大癋見のような滑稽味はない。『[[野守]]』『[[鵜飼 (能)|鵜飼]]』『[[昭君]]』などに用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 74)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 100)]]。</ref>。『[[鍾馗 (能)|鍾馗]]』『[[皇帝 (能)|皇帝]]』の[[鍾馗]]にも用いられる。『申楽談儀』に、世阿弥が『鵜飼』でかけたことが記されている<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 179)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|長霊癋見|ちょうれいべしみ}} || [[File:Chorei-beshimi (Noh mask), Tokyo National Museum C-1560.jpg|80px]] || 怪盗[[熊坂長範]]が登場する『[[熊坂]]』『[[烏帽子折]]』の専用面であり、長範の霊ということから長霊癋見と名付けられた。丸く大きな目や、眉の付け根が下がった様子から、滑稽さが強調されている<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 75)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 101)]]。</ref>。
|-
| rowspan="4" style="background-color:#ffdacc" | {{Ruby|飛出|とびで}}類 || {{Ruby|大飛出|おおとびで}} || [[File:Otobide type noh mask, Edo period, 1700s-1800s AD, wood, polychromy - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC09003.jpg|80px]] || 威風堂々とした神の面であり、全面金泥彩色で、目に鍍金銅板がはめられている。『[[国栖 (能)|国栖]]』『[[嵐山 (能)|嵐山]]』『[[賀茂 (能)|賀茂]]』などの後シテに用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 76)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 103)]]。</ref>。[[世阿弥]]の芸談をまとめた『[[世子六十以後申楽談儀|申楽談儀]]』に、「飛出は、菅丞相の柘榴くわつと吐き給へる所を打つ」とある<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 21)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Ō-tobide (Nō mask)|大飛出]]
|-
| {{Ruby|小飛出|ことびで}} || [[File:Museum für Ostasiatische Kunst Dahlem Berlin Mai 2006 034.jpg|80px]] || 伝書には「小飛出竜神の面なり」とある。『[[小鍛冶]]』などに用いられる<ref>[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 103)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|猿飛出|さるとびで}} || [[File:Musee Carcassonne - Expo 2018 - Masque No 09.jpg|80px]] || 小飛出を猿に似せた面である。『[[小鍛冶]]』の稲荷明神の使者、『[[殺生石 (能)|殺生石]]』『[[鵺 (能)|鵺]]』の鬼に用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 77)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 104)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Saru-tobide (Nō mask)|猿飛出]]
|-
| {{Ruby|黒髭|くろひげ}} || [[File:Kurohige (Noh mask), Tokyo National Museum C-1544.jpg|80px]] || 竜神の面である。『[[竹生島 (能)|竹生島]]』『[[春日竜神]]』などの竜神に用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 78)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 105)]]。</ref>。突き出した下顎、しかめっ面、鋭い眼光などが、竜を想起させる。黄土色の肌を持つものが多いが、顔全体に金泥を施した{{Ruby|泥黒髭|でいくろひげ}}もあり、黒髭より高い品格を持つ<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 33)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Kurohige (Nō mask)|黒髭]]
|-
| rowspan="2" style="background-color:#ffece6" | {{Ruby|顰|しかみ}}類 || {{Ruby|顰|しかみ}} || [[File:Shikami (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || しかみ（獅噛）とは、獅子が上下の歯で物を噛んだ様子をいうとされる。伝書には「観世の鬼の面也。両の歯を合する故名付る」とある。『[[羅生門 (能)|羅生門]]』『[[紅葉狩 (能)|紅葉狩]]』『[[土蜘蛛 (能)|土蜘蛛]]』『[[舎利 (能)|舎利]]』などの鬼に用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 79)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 106)]]。</ref>。邪悪な鬼の姿である<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 143)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Shikami (Nō mask)|顰]]
|-
| {{Ruby|獅子口|ししぐち}}（{{Ruby|大獅子|おおじし}}） || [[File:Shishiguchi (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || 『[[石橋 (能)|石橋]]』の専用面である。[[文殊菩薩]]に仕える霊獣である獅子が舞う祝言能であり、鍍金銅板をはめた目と口の牙が迫力を表している<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 80)]]、[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 107)]]。</ref>。
|-
| style="background-color:#e6c4b8" | {{Ruby|野干|やかん}}類 || {{Ruby|野干|やかん}} || || 『[[殺生石 (能)|殺生石]]』の後シテ（野干という狐）に用いられる。2本の角が生えかかり、怪異だが優美な雰囲気も持つ<ref>[[#三浦|三浦 (2012: 195)]]。</ref>。
|-
| colspan="4" style="background-color:#ffff99" | {{Ruby|仏|ぶつ}}面
|-
| rowspan="2" style="background-color:#ffff99" | {{Ruby|天神|てんじん}}類 || {{Ruby|天神|てんじん}} || [[File:Tenjin (Noh mask), Tokyo National Museum.jpg|80px]] || [[天満大自在天神]][[菅原道真]]を表す。『舎利』『大会』のツレ（[[帝釈天]]）に用いられる。『申楽談儀』には、天神の面は[[観阿弥]]の代から伝わるものと記されている<ref>[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 111)]]、[[#三浦|三浦 (2012: 29, 199)]]。</ref>。
|-
| {{Ruby|大天神|おおてんじん}} || [[File:Ō-tenjin (Noh mask), Tokyo National Museum C-1534.jpg|80px]] || 『[[金札]]』『[[淡路 (能)|淡路]]』『[[絵馬 (能)|絵馬]]』に用いられる<ref>[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 110)]]。</ref>。
|-
| style="background-color:#ffffcc" | {{Ruby|明王|みょうおう}}類 || {{Ruby|不動|ふどう}} || [[File:Fudo Myo-o mask used in Noh play Chobuku Soga, 15th-16th century, Japan, wood with traces of color - Art Institute of Chicago - DSC00185.JPG|80px]] || 『[[調伏曽我]]』の後シテの不動明王などに用いられる<ref>[[#西野|西野監修 (2012: 82)]]。</ref>。[[File:Commons-logo.svg|12px|link=]] [[:Commons:Category:Fudō (Nō mask)|不動]]
|-
| style="background-color:#ffffdd" | {{Ruby|如来|にょらい}}類 || {{Ruby|釈迦|しゃか}} || || 『[[大会 (能)|大会]]』の専用面であり、天狗が、大癋見の面の上に釈迦の面を着け、魔力によって釈迦説法の様子を見せるが、[[帝釈天]]によって術が破られ、釈迦の面を外すと元の天狗に戻る<ref>[[#宇髙|宇髙監修 (2017: 112)]]。</ref>。
|}
 
== 脚注 ==
=== 注釈 ===
{{脚注ヘルプ}}
{{Reflist|group="注釈"}}
 
=== 出典 ===
{{Reflist|2}}
 
== 参考文献 ==
* {{Cite book |和書 |author=宇髙通成監修 |others=小林真理編著 |title=日本伝統の名品がひと目でわかる 能面の見かた |publisher=[[誠文堂新光社]] |year=2017 |isbn=978-4-416-71636-6 |ref=宇髙}}
*財団法人三井文庫三井記念美術館編・発行『三井記念美術館所蔵 旧金剛宗家伝来 能面』、2008年
* {{Cite book |和書 |author=梅若猶彦 |title=能楽への招待 |publisher=[[岩波書店]] |series=[[岩波新書]] |year=2003 |isbn=4-00-430823-2 |ref=梅若}}
* {{Cite book |和書 |author=[[神戸女子大学]]古典芸能研究センター編 |title=能面を科学する――世界の仮面と演劇 |publisher=[[勉誠出版]] |year=2016 |isbn=978-4-585-27027-0 |ref=神戸女子大}}
* {{Cite book |和書 |author=[[金春信高]]・[[増田正造]]・北澤三次郎 |title=能面入門 |publisher=[[平凡社]] |year=1984 |isbn=4-582-61815-4 |ref=金春}}
* {{Cite book |和書 |author=[[金剛巌 (初世)|金剛巌]] |title=能と能面 |url=http://books.google.co.jp/books?id=MzhE9DXFRCYC&printsec=frontcover&dq=能&hl=ja&ei=_CTZTbeyC4XqvQP99azuDA&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=2&ved=0CD4Q6AEwATgK#v=onepage&q&f=false |publisher=[[弘文堂]] |year=1940 |ref=金剛}}
* {{Cite book |和書 |author=[[ドナルド・キーン]] |others=[[吉田健一 (英文学者)|吉田健一]]・松宮史朗訳 |title=能・文楽・歌舞伎 |publisher=[[講談社]] |series=[[講談社学術文庫]] |year=2001 |isbn=4-06-159485-0 |ref=キーン}}
* {{Cite book |和書 |author=[[権藤芳一]] |title=能楽手帖 |publisher=駸々堂 |year=1979 |isbn=4-397-50117-3 |ref=権藤}}
* {{Cite book |和書 |author=[[白洲正子]] |title=お能・老木の花 |publisher=[[講談社]] |series=[[講談社文芸文庫]] |year=1993 |isbn=4-06-196219-1 |ref=白洲}}
* {{Cite book |和書 |author=西野春雄監修 |others=見市泰男解説 |title=能面の世界 |publisher=[[平凡社]] |series=コロナ・ブックス |year=2012 |isbn=978-4-582-63471-6 |ref=西野}}
* {{Cite book |和書 |author=三浦裕子 |others=神田佳明写真 |title=面からたどる能楽百一番 |publisher=[[淡交社]] |year=2012 |isbn=978-4-473-03197-6 |ref=三浦}}
* {{Cite book |和書 |author=[[横道萬里雄]] |title=岩波講座 能・狂言IV 能の構造と技法 |publisher=[[岩波書店]] |year=1987 |ref=岩波講座4}}
* {{Cite book |和書 |author=[[横道萬里雄]]・表きよし・高桑いづみ・[[山中玲子]]・横道蘭 |title=岩波講座 能・狂言 別巻 能楽図説 |publisher=岩波書店 |year=1992 |ref=岩波講座別巻}}
 
== 関連項目 ==
{{Commons&cat|Nō masks|Nō masks}}
* [[小山清茂]]（交響組曲「能面」を作曲している）
* [[般若の面]]
* [[石州和紙]]（[[神楽]]用の能面の材料）
* [[井伊直弼]]（不遇の時代に能面づくりに没頭した）
125 ⟶ 405行目:
* {{Wayback|url=http://homepage3.nifty.com/ichys/ |title=能面 青山イチーズ |date=20030402041020}}
* [http://dousei.net/ 能面工房道生]
* [http://books.google.co.jp/books?id=MzhE9DXFRCYC&printsec=frontcover&dq=能&hl=ja&ei=_CTZTbeyC4XqvQP99azuDA&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=2&ved=0CD4Q6AEwATgK#v=onepage&q&f=false 能と能面] 金剛巌著。著作権切れの為全文閲覧可
 
{{能}}
{{Japan-culture-stub}}
 
{{DEFAULTSORT:のうめん}}
[[Category:能の面|*]]
[[Category:能]]
[[Category:仮面]]
[[Category:日本の伝統工芸品]]
「https://ja.wikipedia.org/wiki/能面」から取得