「大阪市交通局20系電車」の版間の差分

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| 画像 = Osaka Subway 2607 at Kujo Station.JPG
| 画像説明 = 中央線20系電車(現行帯)
| 製造所 = [[近畿車輛]]<br />[[川崎重工業車両カンパニー|川崎重工業]]<br />[[日立ひたち製作所]]<br />[[東急車輛製造]]{{#tag:ref|鉄道車両事業は2012年4月に[[総合車両製作所]](旧社名・新東急車輛)に継承。|group="注"|name="J-TREC"}}
| 製造年 = 1984年 - 1989年
| 製造数 = 16編成96両 (中央線0番台7編成42両・谷町線30番台9編成54両)
|第2編成
|rowspan="4"|1985年10-12月
|rowspan="9"|日立ひたち製作所
|2005年11月7日
|
だがその反面、三相交流誘導電動機には一定周波数・一定電圧の下で一定回転数を保とうとする性質があり、起動トルクが小さいという問題があって長らく高速電気鉄道での利用は困難視されていた。この問題が、この時期になって実用段階に入りつつあった高速・高耐圧・大出力かつコンパクトなスイッチング素子と、これをプログラムに従って波形制御するマイクロプロセッサを組み合わせ、電圧型PWM制御によって可変電圧・可変周波数(Variable Voltage Variable Frequency:VVVF)制御を行うことで解決可能となったのである。しかも、この制御法により直流整流子電動機に近い、あるいはそれを上回る優れた出力・粘着特性を得ることさえも可能となった。
 
こうした周辺技術の進歩・成熟を踏まえ、高速電車用VVVF制御システムの開発が[[日立ひたち製作所]]、[[三菱電機]]、それに[[東芝]]といった有力電機メーカー各社を交えて開始された。この制御システムについては大阪市交通局と同時期に[[日本国有鉄道]]や[[近畿日本鉄道]]と[[東京急行電鉄]]などが、それぞれの取引先である電機メーカー各社と共同で大規模な研究開発を実施していたが、直流1500Vの下での高速電車への適用にフォーカスしていた各社とは異なり、大阪市交通局のプロジェクトは低床のミニ地下鉄での使用を前提としてコンパクトな機器開発を重視していた点で一線を画していた。
 
もっとも、ミニ地下鉄の技術的可能性を探るというその開発経緯ゆえに、大阪市ではVVVF制御そのものの開発とスイッチング素子の開発<ref group="注">そのため、スイッチング素子は他社が寸法よりも素子としての安定度や成熟度を買って、10系の電機子チョッパ制御器でも採用されていた逆導通サイリスタ素子を選択したのに対し、当時実用化に向けた開発が進みつつあった[[ゲートターンオフサイリスタ|GTOサイリスタ]]が何よりそのコンパクトさを買われて当初より採用されていた。</ref>が同時進行するという異例の事態となった。この点では単純に大形高速電車への適用に特化して研究を進められた他社とは状況が異なっており、これは後にVVVF制御車の営業運転開始時期で近鉄や東急の後塵を拝する一因となった。
本系列は、日本の[[高速鉄道|高速電車]]におけるVVVF制御技術開発の揺籃の一つとなった点で特筆される。
 
20系の段階ではGTOインバータの容量<ref group="注">前述の通り開発当時最新の2500V 2000A耐圧の素子が採用された。</ref>などの制約から1台の制御器で2基の主電動機を制御する1C2M構成のものを2セット搭載しており、制御器はそれぞれ東芝BS-1408-B、日立ひたちVF-HR-103、三菱SIV-V564-M-1・-2であった。本系列の中でも第1編成 (2601F) については3両の電動車の電装品を東芝(2101)・日立ひたち製作所(2201)・三菱電機(2301)の3社がそれぞれ1両ずつ分担して担当するなど試作要素が多く見られ、各社が量産に必要なデータを収集するための量産先行試作車的な性質の強いものであった。なお、電動車の電装品のメーカーは、2601F以外については編成内で1社に統一されている<ref group="注">このうち制御装置については第2・第3編成と第37 - 第39編成が日立ひたち製作所、第4編成と第34 - 第36編成が三菱電機、第5 - 第7編成と第31 - 第33編成が東芝で統一された。</ref>。
 
主電動機はVVVF制御のため、従来の10系までと比較して整流子が不要となり、主電動機容積に余裕が生まれて磁気回路の容量が増強され、10系の東芝SE-617Aと比較して10kW増の端子電圧550V時1時間定格出力140kW/1600rpmが実現された。また、製造メーカーはこれまで東芝の1社指名であったものが、制御器の製造に参加する3社全てから供給される<ref group="注">ただし、制御器と主電動機が同じメーカーであるとは限らず、編成単位で別メーカー製同士が組み合わされるケースが少なからず存在している。</ref>ように改められており、このため東芝SEA-309、日立ひたちHS-34529-02RB、三菱MB-5012-Aと3種の4極自己通風式三相かご形誘導電動機が採用されている。
 
台車は、10系用インダイレクトマウント・ノースイングハンガー・軸ばね式空気ばね台車であるDS-10<ref group="注">メーカー形式FS386・386AあるいはFS086・086A。全て住友金属工業製である。</ref>とほぼ同仕様のDS-20<ref group="注">メーカー形式FS386AあるいはFS086A。</ref>が採用されている。また、車輪内周部に異種金属による防音リングを圧入してきしり音の低減を図った、防音波打車輪を装着する。集電装置は10系と同様に離線等による回生失効を防止する目的で、隣接する2両の電動車の内一方(Ma車)の全台車ともう一方(Mb車)のMa車寄り台車の合計左右3カ所ずつに設置されている。
 
=====ワンマン・高速化改造=====
[[2006年]][[3月27日]]の[[近鉄けいはんな線]][[生駒駅]] - [[学研奈良登美ヶ丘駅]]間開業時の同線における最高速度の向上に合わせて、2004年に第1編成の制御素子がGTOサイリスタ素子から日立ひたち製[[絶縁ゲートバイポーラトランジスタ|IGBT素子]]に交換され、他の編成も順次交換された<ref group="注">ただし、IGBT素子のものに交換された制御装置は1両に2台ある装置中、片側1台のみであり、残り1台は交換されずに使用停止のうえGTO素子時代のもののままで残されている。</ref>。
 
30番台車は、この[[近鉄けいはんな線]]延伸開業の際に、全編成が[[鉄道の車両番号|車両番号]]の変更を実施せずに谷町線から中央線に転用され、代わりに[[#24系(中央線)|24系]]9編成が谷町線へ転用された<ref group="注">20系だけでは所要数を充足できなかったため、不足分を補うべく24系も第1編成から第4編成までについて、主制御器などの設定を変更し、加速度と最高速度を引き上げて、改造後の20系と同等の走行性能としたうえで継続使用となった。また、この転用に伴う車両番号の変更はないが、0番台と30番台で運用路線や仕様の差はなくなった。</ref>。これは、20系がちょうど主要機器の更新時期を迎えていたため、近鉄線内での95km/h運転やワンマン運転への対応改造を同時に行うことにより効率化を図ったものである<ref>伊原 薫『大阪メトロ誕生』かや鉄BOOK</ref>。
'''新20系'''(しん20けい)は基本設計の共通する'''21系'''・'''22系'''・'''23系'''・'''24系'''・'''25系'''の各系列の慣用的な総称である。5系列合計で87編成560両が製造、さらに2005年に24系をベースとした大阪港トランスポートシステムのOTS系2編成12両も新20系に編入され、2017年現在は合計89編成572両が在籍する。最初に営業運転を開始したのは谷町線22系と四つ橋線23系で、ともに1990年4月25日から営業運転に入った。
 
非冷房車である[[大阪市交通局30系電車|30系]]と[[大阪市交通局5000形電車|50系]]の老朽取り替えを目的として[[1990年]]から[[1998年]]にかけて製造され、それぞれ[[Osaka Metro御堂筋線|1号線(御堂筋線)]]、[[Osaka Metro谷町線|2号線(谷町線)]]、[[Osaka Metro四つ橋線|3号線(四つ橋線)]]、4号線(中央線)、[[Osaka Metro千日前線|5号線(千日前線)]]に配置された。製造メーカーは[[日本車輌製造]](21・23・24系<ref group="注">23系は2800形を除く。</ref>)・川崎重工業(21・22・23系<ref group="注">21系は2500形のみ。</ref>)・日立ひたち製作所(22・23・24系)・東急車輛製造(21・22・24・25系)・近畿車輛(21・22・25系<ref group="注">21系は2500形を除く。</ref>)・[[アルナ工機]]{{#tag:ref|鉄道車両事業は[[アルナ車両]]に継承された。|group="注"|name="ALNA-SHARYO"}}(22・24・25系)の各社である。また、[[架空電車線方式]]の[[Osaka Metro堺筋線|6号線(堺筋線)]]向けに、同じくステンレス車体、VVVFインバータ制御の[[大阪市交通局66系電車|66系]]も製造されている。
 
この新20系では[[鉄道の車両番号|車両番号]]が5桁となり、万の位の「2」は20系を表し、千の位は投入線区の路線番号、百の位は車両の形式、十と一の位は車両番号を表す。
 
=====主要機器=====
新20系ではGTOサイリスタの容量増大<ref group="注">この段階では既に2500V 3300A耐圧の素子が量産されており、これが採用された。当時既に4500V耐圧の素子も実用段階にあったが、架線電圧750Vの大阪市交の第三軌条集電を行う各線では過剰装備であり、採用されていない。</ref>を受けて1台の制御器で4基の主電動機を制御する1C4M制御が実現しており、それぞれ東芝SVF-001-A0・-A1、日立ひたちVF-HR-129、三菱MAP-144-75V26に変更された。ただし、制御器が各メーカーでの競作となった20系とは異なり、新20系では細部は違うものの、日立ひたち製作所が設計主導の下、3社で制御器の設計をOEM方式で共通化した関係で、メーカーの違いで励磁音が違うことはなくなった。
 
主電動機は20系と互換性を持つが、東芝SEA-309B、日立ひたちHS-34529-04RB・-05RB、三菱MB-5012-A3・-A4に形式が変更された。
 
台車・集電装置は20系のものを踏襲した。ただし、新たに設定された4両編成では電動車が2両ともMb車であるため制御車2両が共に全台車集電装置付きとされ、6両編成時には4両と2両で電気的に分割されることからペアとなるべきMa車のない2両側のMb1車(2100形)<ref group="注">この車両の集電装置は2600形に隣接する台車に装着される。</ref>のために隣接する制御車(2600形)の全台車に、そして9両編成・10両編成時にはペアとなるMb車を持たないMa車(2400形)のために隣接する付随車(2700形)のMa車寄り台車に、それぞれ集電装置が設置されている。
| 画像 = Osaka Municipal Subway 22 series EMU 001.JPG
| 画像説明 = 谷町線22系(未更新車)
| 製造所 = 近畿車輛<br />東急車輛製造<br />アルナ車両<br />日立ひたち製作所<br />川崎重工業
| 製造年 = 1990年 - 1996年
| 製造数 = 19編成114両
}}
[[File:Osakasubway-22663F.JPG|thumb|元OTS系の22663F]]
谷町線用の車両は'''22系'''と呼び、1990年から1996年にかけて6両編成19本(114両)が近畿車輛・東急車輛製造<ref group="注" name="J-TREC"/>・アルナ工機<ref group="注" name="ALNA-SHARYO"/>・[[日立ひたち製作所]]・[[川崎重工業]]の5社で製造された。1990年に製造された第1編成から第7編成までの42両は四つ橋線用23系の第1編成から第7編成までの35両<ref group="注">後に追加された2800形を除く。</ref>とともに初期車の部類に入り、前面の車両番号表示が他の車両に比べて大きい。
 
製造担当メーカーは下表のとおりで、全編成が6両編成で竣工している。
|第12編成
|1994年2月
| rowspan="3"|日立ひたち製作所
|
|
| 画像 = Osaka Subway 23917F.jpg
| 画像説明 = 四つ橋線23系(未更新車)
| 製造所 = 日立ひたち製作所<br />川崎重工業<br />日本車輌製造<small>(2800形を除く)</small>
| 製造年 = 1990年 - 1997年
| 製造数 = 22編成132両
}}
[[ファイル:大阪市交通局・23613Fで試験中の台車(FS560).jpg|thumb|180px|right|試験中のFS560試作台車]]
四つ橋線用の車両は'''23系'''と呼び、1990年から1996年にかけて5両編成18本(90両)と6両編成4本(24両)の計114両が日立ひたち製作所・川崎重工業・日本車輌製造の3社で製造された。また、四つ橋線の列車の6両編成化に伴い、1996年から[[1997年]]にかけて簡易運転台付きの付随車である2800形23801 - 23818が川崎重工業にて製造され、5両編成で製造された第1編成から第18編成に組み込まれた。なお、組み込む際2300形の簡易運転台が撤去されている。1996年に23619F - 23622Fの導入に伴い、[[大阪市交通局30系電車|新30系ステンレス車]]冷房化改造車を谷町線に転出させた。
 
本系列の23613Fでは一時期試作台車が装着されていた時期があるが現在は元の台車に戻っている。
|-style="border-top:solid 5px #0078ba;"
|第1編成||1990年4月
|rowspan="4"|日立ひたち製作所
|rowspan="18"|5両
|2012年5月11日
|-style="border-top:solid 3px #999;"
|第8編成||1991年6月
|rowspan="6"|日立ひたち製作所
|rowspan="1"|2018年10月19日
|○
|-style="border-top:solid 3px #999;"
|第19編成||1996年8月
|rowspan="4"|日立ひたち製作所
|rowspan="4"|6両
|rowspan="1"|
| 画像 = Osaka Subway 24604 at Kujo Station.jpg
| 画像説明 = 中央線用24系電車(更新車)
| 製造所 = 日本車輌製造<br />日立ひたち製作所<br />アルナ工機<ref group="注" name="ALNA-SHARYO"/><br />東急車輛製造<ref group="注" name="J-TREC"/>
| 製造年 = 1991年 - 1995年
| 製造数 = 11編成66両
| 備考 = ワンマン・高速化改造後のデータ<br /> [[ワンマン運転|都市型ワンマン運転]]に対応
}}
中央線用の車両は'''24系'''と呼び、1991年から[[1995年]]にかけて6両編成11本(66両)が日本車輌製造・日立ひたち製作所・アルナ工機<ref group="注" name="ALNA-SHARYO"/>・東急車輛製造<ref group="注" name="J-TREC"/>で製造された。
 
製造担当メーカーは以下のとおりで、全編成が6両編成で竣工している。なお、※印をつけた編成は後に[[#22系(谷町線)|22系]]に編入された。
|第2編成
|1992年6月
|rowspan="2"|日立ひたち製作所
|2015年12月21日
|○
| 画像説明 = OTS系電車
| 運用者 = [[大阪港トランスポートシステム]]
| 製造所 = 日立ひたち製作所
| 製造年 = 1997年
| 製造数 = 12両
ここではOTS時代について記述する。
 
この車両は[[1997年]][[12月18日]]のOTSテクノポート線開業に際し、日立ひたち製作所で6両編成2本(12両)が落成した。車体や主要機器は乗り入れ先の中央線24系と同一仕様であるが、客室案内表示は全扉<ref group="注">先述の通り、谷町線転属の際に千鳥配置に変更されている。</ref>に設置された。
 
{| class="wikitable" style="font-size:small;"
|651F
|1997年7月
|rowspan="2"|日立ひたち製作所
|-
|652F
[[Category:川崎重工業製の電車]]
[[Category:近畿車輛製の電車]]
[[Category:日立ひたち製作所製の電車]]
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