「アーサー・C・クラーク」の版間の差分

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[[1917年]][[12月16日]]に、[[サマセット州]][[マインヘッド]]にて生まれる<ref name=obittimes />。少年時代は[[天体観測]]を趣味とし、[[アスタウンディング]]などの[[パルプ・マガジン|パルプ誌]]をはじめとしたSF小説に熱中していた<ref>アーサー・C・クラーク著 山高昭訳『楽園の日々-アーサー・C・クラークの回想録』ハヤカワ文庫</ref>。1934年に英国惑星間協会へ入会し、活発に活動する(1946年には会長になった)。1936年にグラマースクールを卒業した後は公務員([[教育委員会]]の[[年金]]部門の[[監査]]役)として働いていた<ref>{{LondonGazette|issue=34321|page=5798|date=8 September 1936|accessdate=2008-03-19}}</ref>。
 
[[第二次世界大戦]]中には[[イギリス空軍]]の[[将校]]として電波探知法、レーダーの開発に取り組み、教官も務める。レーダーによる早期警戒システム構築に関わり、このシステムが[[バトル・オブ・ブリテン]]での勝利に寄与した。戦時中に特に力を入れたのは[[着陸誘導管制]] (GCA) 用レーダーの開発であり、半自伝的小説 ''[[:en:Glide Path|Glide Path]]'' に描かれている。戦争中にGCAが広く実用化されることはなかったが、その後の開発によって1948年から1949年の[[ベルリン封鎖]]では大いに活用された。軍での階級は当初[[伍長#Corporal|伍長]]だったが、1943年5月27日には空軍少尉(技術部門)となっている<ref>{{LondonGazette|issue=36089|supp=yes|pages=3162-3163|date=9 July 1943|accessdate=2008-03-19}}</ref>。さらに1943年11月27日には中尉に昇格している<ref>{{LondonGazette|issue=36271|supp=yes|page=5289|date=1943-11-30 November c1943|accessdate=2008-03-19}}</ref>。[[復員]]時には大尉だった。戦後、[[ロンドン大学]]の[[キングス・カレッジ・ロンドン|キングス・カレッジ]]に入学し、[[物理学]]と[[数学]]を専攻する。一時、[[大蔵省 (イギリス)|大蔵省]]に勤めるがすぐに退職。
 
[[静止衛星]]の概念そのものはクラークの発明ではないが、[[人工衛星]]による無線通信の中継(リレー)というアイデアはクラークのものである。1945年にそのアイデアを論文にし、英国惑星間協会の主要メンバーに見せた。その論文を改稿したものを同年10月に科学雑誌“Wireless World”へ寄稿し、現在、通信の基幹となっている衛星通信の構想を初めて科学的に示したとされる<ref>{{Cite journal|first=Arthur C.|last=Clark|title=Extra-Terrestrial Relays — Can Rocket Stations Give Worldwide Radio Coverage?|journal=Wireless World|year=1945|month=October|pages=pp. 305-308|url= http://www.clarkefoundation.org/docs/ClarkeWirelessWorldArticle.pdf}}</ref><ref name="wirelessworld">{{cite web |url= http://lakdiva.org/clarke/1945ww/1945ww_058.jpg |title=Peacetime Uses for V2 |accessdate=2007-02-08 |format=JPG |work=Wireless World |year=1945 |month=February }}</ref>。1946年から1947年にかけて英国惑星間協会の会長を務め<ref>Journal of the British Interplanetary Society Vol 6 (1946)</ref>、さらに1951年から1953年にかけても同職を務めた<ref>Parkinson, B. (2008) (Ed.)'Interplanetary - A History of the British Interplanetary Society', p.93</ref>。クラークは宇宙開発に関する科学解説書もいくつか書いており、『宇宙の探検』(1951) と ''The Promise of Space'' (1968) が特に有名である。静止衛星による通信網という彼のアイデアを讃え、[[国際天文学連合]]は[[静止軌道]]の公式な別名として「クラーク軌道」という名前を与えている<ref name="foundation">{{cite web |url= http://www.clarkefoundation.org/acc/biography.php |title=Clarke Foundation Biography |accessdate=2008-03-19 |format= |work= |date= }}</ref>。