「エイブラハム・リンカーン」の版間の差分

リンカーンの義父はケンタッキー州レキシントンを本拠にしていた。彼とその他のトッド家は、奴隷所有者であるか奴隷売買業者だった。リンカーンとトッド家の関係は親密であり、家族で度々レキシントンのトッド家を訪れることがあった<ref>Foner (1995), pp. 440-447.</ref>。リンカーンは留守をすることが多かったが、愛情豊かな夫であり、かつ4人の子供の父親だった。
 
1985年、曾孫の一人であるロバート・トッド・リンカーン・ベックウィスが81歳で死去したことにより、リンカーンの直系子孫は断絶している(ロバート・トッド・リンカーン・ベックウィズは3度結婚したが、自分には子どもはいないと主張していた。2番目の妻であるアンナ・マリー夫人はこれを否定しており、1968年10月14日に生まれた自身の息子ティモシー・リンカーン・ベックウィズをロバート・トッド・リンカーン・ベックウィズの子供と主張しているが、当のロバート・トッド・リンカーン・ベックウィズは1961年に精管切除術を受けており、離婚裁判所は彼が実父ではないと判断し、ロバートの主張が認められた形となった)が、リンカーンの母ナンシーの出身一族であるハンクス家の子孫は今日まで続いており、俳優の[[トム・ハンクス]]はその一人である<ref>Fenster, Bob. ''They Did What!? The Funny, Weird, Wonderful, and Stupid Things Famous People Have Done'', Andrews Publishing, 2002. p. 55.</ref>。このほか6世の孫であるジョン・ディキンソン([[1973年]]-)が、[[1984年]](昭和59年)の[[アメリカ横断ウルトラクイズ|第8回アメリカ横断ウルトラクイズ]]において日本に紹介された。
 
===国政への進出===
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