「鍵山秀三郎」の版間の差分

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'''鍵山 秀三郎'''(かぎやま ひでさぶろう、[[1933年]][[8月18日]] - )は、株式会社ローヤル(現 [[イエローハット]])の創業者。創業以来続けている「[[掃除]]」が世間の評判を呼び、のちに掃除運動が内外に広がった。[[NPO法人]]「[[日本を美しくする会]]」(「日本を美しくする会・掃除に学ぶ会」)の創唱者で[[相談役]]でもある<ref name="gendai">[https://gendai.ismedia.jp/articles/-/1753 現代ビジネス(講談社)鍵山秀三郎イエローハット創業者 - 心が澄んでくる「そうじ」のやりかた]</ref><ref>[http://www.souji.jp/gaiyou/enkaku.html 沿革]日本を美しくする会</ref>。
 
== 人物 ==
[[1953年]]([[昭和]]28年)に自動車業界に入る。当時の自動車業界は、職場や社員も含め全体が粗野で乱雑な面があり、鍵山が就職した自動車部品販売店でも一般ユーザーの来客などはほとんど期待できない状態であった。就職した会社で環境を変えなければだめだと感じ、まず[[トイレ]][[掃除]]を始める。余計なことをすると[[いじめ]]にもあったが、職場や店舗をきれいにすると客層がよくなり、[[ディック・ミネ]]、[[森繁久彌]]などの有名人も来店するようになる。それとともに従業員の[[モラル]]も向上した。当時の自動車用品業界は雪が降れば[[タイヤチェーン]]の価格を10倍、20倍にするなどの不透明な販売方法が主流であったが、鍵山はそうした体質に反発し、理想の会社を作りたいと考え [[1961年]]に独立し、イエローハットの前身であるローヤルを始める<ref name="gendai"></ref><ref name="nippon">[http://www.nippon-shacho.com/interview/in_yellowhat/2/ ニッポンの社長 - 株式会社イエローハット 創業者 鍵山 秀三郎]</ref>。
 
当時は[[高度成長期]]で人手不足が深刻であったため、自動車業界へ来るのは渡り鳥的な荒れた者が多かった。鍵山はそうした社員の心を穏やかにしたいと考え、自ら態度で示す方法としてトイレ掃除を始めた。平日の掃除は業務時間外の深夜か早朝になるため、夜中に[[泥棒]]と間違えられ[[警察]]に踏み込まれる経験をしたり、日曜には家族4人総出で洗車を行ったりした。それでも簡単に社員の意識が変わったわけではなく、むしろ社員からはあてつけがましいと批判されることもあり、自発的に社員が手伝うようになるのは10年以上を要した。12年が経ったころに社員が自発的に掃除や洗車を始めるようになった。その後、掃除に参加する社員が少しずつ増えていく。さらに10年後には、ほとんどの社員が早朝から洗車をしたり、会社と近隣の道路の清掃を始め、「掃除をするよい会社だ」との評判が立つにいたる<ref name="gendai"></ref><ref name="nippon"></ref>。