「イソップ寓話」の版間の差分

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(「イソップ寓話」という近代邦名は英語由来なので、英語表現も必須)
[[英語]]文献として最初に出版されたのは、{{仮リンク|ハイリッヒ・シュタインヘーベル|en|Heinrich Steinhöwel}}のドイツ語-ラテン語バイリンガル寓話集を原本にしたもの。[[ウィリアム・カクストン]]の[[1484年]]の[[中英語]]のものから、その後[[1692年]]に{{仮リンク|ロジャー・レストランジェ|en|Roger L'Estrange}}がより現代英語に近い[[近代英語]]で改版した。ほぼ同じ頃、[[ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ]]が[[フランス語]]で寓話を発表したが、これは、彼自身が前書きで書いているようにイソップ寓話の翻訳ではないので、彼の文芸作品として、ラ・フォンテーヌ寓話と呼ばれている。
 
日本では、[[1593年]]([[文禄]]2年)に『ソポのハブラス (ESOPO NOESOPONO FABVLAS)』として紹介されたのが始まりで、これは[[イエズス会]]の[[宣教師]]が[[ラテン語]]から翻訳したものと考えられており、[[天草市|天草]]にあった[[コレジオ]](イエズス会の学校)で[[印刷]]された[[ローマ字]]のものである。非常に古くに日本に取り入れられた西洋の書物といえる。その後[[江戸時代]]初期から『'''伊曾保物語'''』として各種出版され、普及し、その過程で「[[ウサギとカメ|兎と亀]]」などのように日本の[[昔話]]へと変化するものもあらわれた。内容は現在のイソップ寓話集と異なる話も収録されており、さらに宣教師向けの『イソポのハブラス (ESOPO NO FABVLAS)』と、読み物としての『伊曾保物語』の間にも相違が見られる([[16世紀]]末の日本における宣教師の出版については[[キリシタン版]]を参照)。
 
明治になってから英語からの翻訳が進み、幕臣出身の学者で[[沼津兵学校]]校長だった[[渡部温]]の『[[通俗伊蘇普物語]]』(現在、[[東洋文庫 (平凡社)|東洋文庫]]にて入手可能<ref>{{Cite book|和書|author=イソップ|others=[[渡部温]]訳|year=2001|month=9|title=通俗伊蘇普物語|publisher=平凡社|series=東洋文庫693|isbn=4-582-80693-7}}</ref>)がベストセラーとなり、修身教科書にも取り入れられた事から、広く親しまれるようになった。