「オスマン家」の版間の差分

翌[[1923年]]には[[共和制]]が宣言されて[[トルコ]]は共和国になり、さらに[[1924年]]、カリフとして即位した[[アブデュルメジト2世]]が廃位された。カリフ制の廃止とともにオスマン家の全成員はトルコからの国外退去を命ぜられ、オスマン家の支配は完全に終焉した。
 
トルコ追放以来、オスマン家はトルコ国外において年長者が帝位継承者として家長の座を継承しており、ニューヨーク在住の[[エルトゥールル・オスマン]]が[[1992年]]にトルコ政府の招きで一時帰国。その後[[1994年]]に第43代オスマン家当主に就任後の[[2004年]]にトルコ共和国のパスポートを取得して帰国。[[2009年]]に死去するまでイスタンブールに居住した。このようにオスマン家の国外追放は解かれたため、イスタンブールに帰った者も多い。エルトゥールル・オスマンの死去を受けて第44代オスマン王家当主には[[アブデュルメジト1世]]の曾孫にあたるバヤジット・オスマン([[2009年]] - [[2017年]])が就任した。その後、バヤジット・オスマンも亡くなるとシリア当主は[[デュンダル・アリ・オスマン]]となってが就任。シリア内戦の激化に伴トルコ、イスタンブールへ帰国。デュンダリ・アリ・オスマンが死去すと弟の[[ハルン・オスマン]]が当主に就任した
 
== 歴代オスマン家家長 ==