「フランクリン・ルーズベルト」の版間の差分

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この時代の富豪の子弟の例に漏れず、フランクリンは家庭教師の手によって教育を施された。同世代の子供と交流する機会はほとんどなかった。14歳の時、名門[[w:en:Groton School|グロトン校]]に入学を果たしたものの、寄宿舎生活にはなじめなかった。[[1904年]]に[[ハーバード大学]]、[[1908年]]には[[コロンビア大学]]ロースクールを卒業。大学時代のフランクリンは学内紙の編集長を務める活躍ぶりを見せる一方で、セオドアも会員名簿に名を連ねていた名門クラブ『[[w:en:Porcellian Club|ポーセリアン]]』への入会に失敗している。
 
[[1908年]]にウォール・ストリート法律事務所での仕事を引き受ける前、[[1905年]]の[[聖パトリックの祝日]]にセオドア・ルーズベルトの姪(弟の子)の[[エレノア・ルーズベルト|アナ・エレノア・ルーズベルト]]と結婚した。この結婚式で、すでに亡くなっていた実父に代わり花嫁エレノアの腕を取ったのは大統領セオドア・ルーズベルトである。'''6人の子供(4(521女)'''{{efn| *第1子/長女:[[アナ・エレノア・ルーズベルト]](Anna Eleanor Roosevelt 1906年5月3日 - 1975年12月1日)母親と同名
*第2子/長男:[[ジェームズ・ルーズベルト]](James Roosevelt 1907年12月23日 - 1991年8月13日) [[アメリカ海兵隊|海兵隊]]士官として[[マキン奇襲]]などに参加。
*第3子/次男:[[フランクリン・デラノ・ルーズベルト・ジュニア]](The first Franklin Delano Roosevelt Jr. 1909年3月18日 - 1909年11月1日) [[デュポン]]家の[[:en:Ethel du Pont|エセル]]と結婚生後8ヶ月未満で夭折
*第4子/三男:[[エリオット・ルーズベルト]](Elliott Roosevelt 1910年9月23日 - 1990年10月27日)
*第5子/四男:[[フランクリン・デラノ・ルーズベルト・ジュニア]](The second Franklin Delano Roosevelt Jr. 1914年8月17日 - 1988年8月17日)[[デュポン]]家の[[:en:Ethel du Pont|エセル]]と結婚。
*第6子/五男:[[ジョン・アスピノール・ルーズベルト]](John Aspinwall Roosevelt 1916年3月13日 - 1981年4月27日)
*愛犬・[[ファラ (犬)|ファラ]] ファラはフランクリンの死後も、車のクラクションを聞いては主人が帰ってきたと思ったらしく、立ち上がったという。犬は数匹飼っていた。
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