「加瀬英明」の版間の差分

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|家族 = 父・[[加瀬俊一 (1925年入省)|加瀬俊一]](外交官)
|活動期間 =
|著名な実績 =
|肩書き = [[日本会議]]代表委員<br />[[日本教育再生機構]]代表委員<br />[[「慰安婦の真実」国民運動]]代表
|代表作 =
|公式サイト =
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[[慶應義塾大学経済学部]]卒業後、[[イェール大学]]・[[コロンビア大学]]に[[留学]]。[[1967年]]から[[1970年]]まで[[ブリタニカ国際大百科事典]]の初代編集長を務める<ref name=prof/>。青年時代から、[[外交官]]である父・俊一の影響を受けて育った事などがきっかけで、評論・執筆活動をおこなうようになる。政財界でも活動し、[[福田赳夫内閣]]・[[中曽根康弘内閣]]の首相特別顧問、福田赳夫・[[大平正芳]]・[[鈴木善幸内閣]]の外相特別顧問などを歴任した。
 
[[自由社]]社長、同名の別会社・自由社([[石原萠記]]社長)の取締役、元月刊『[[自由 (雑誌)|自由]]』編集委員会代表、「[[学校教育法|教育における体罰条項]]を考える会」会長、日本・[[イスラエル]]親善協会副会長、一般社団法人「国家ビジョン研究会」会長<ref>[http://www.kokka-vision.jp/%E4%BB%A3%E8%A1%A8%E6%8C%A8%E6%8B%B6%E3%83%BB%E5%BD%B9%E5%93%A1%E7%AD%89/%E3%80%90%E4%BC%9A%E9%95%B7%E7%95%A5%E6%AD%B4%E3%83%BB%E6%8C%A8%E6%8B%B6%E3%80%91 会長挨拶・略歴]</ref>、公益社団法人全日本きものコンサルタント協会理事、[[日本躾の会]]評議員、社団法人「[[ジャパンライフ#関連企業・団体|日本文化協会]]」会長<ref>[http://www5d.biglobe.ne.jp/~n-bunka/18nbc.htm 日本文化協会とは]</ref>。[[「慰安婦の真実」国民運動]]代表<ref>[http://ianfu-shinjitu.jp/LMC/?page_id=2280 組織概要] 「慰安婦の真実」国民運動</ref>、[[日本会議]]代表委員<ref>[{{Cite web|url=http://www.nipponkaigi.org/about/yakuin |title=役員名簿] |work=日本会議 |accessdate=2021-01-18}}</ref>、日本会議東京都本部会長<ref>[http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/5203 [報告]10/28 日本会議東京都本部設立15周年記念大会「守ろう!領土・領海 伝えよう!正しい歴史と伝統」が開催さる] 日本会議</ref>、[[史実を世界に発信する会]]代表などを務める<ref>[http://hassin.org/01/about/menber 役員名簿 « 日本近代史・日本近現代史関係の書籍を英訳公開 史実を世界に発信する会]</ref>。
 
<!-- xxxx年から -->[[新しい歴史教科書をつくる会]](つくる会)の賛同者でもあり、歴史論争、歴史教科書問題にも積極的にコミットしている。同会の分裂で、[[八木秀次 (法学者)|八木秀次]]らが設立した「[[日本教育再生機構]]」の代表委員となったが、一方で、つくる会の新たな教科書発行元として自らが役員を務める自由社を紹介。2008年9月、同名の別会社・自由社の社長に就任し、つくる会支持を鮮明にした。2012年9月に行われた[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]総裁選挙の際は、「[[安倍晋三]]総理大臣を求める民間人有志の会」発起人に名を連ねた<ref>[http://test2.unitedscene.jp/abe/menber.html 安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会 発起人一覧]</ref>。
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== 主張 ==
*[[第二次世界大戦]]に関して日本は責めを受ける立場にないと主張している<ref>Bethan Jinkinson, "[http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4145356.stm Japan's problem over the past]" 15 August 2005, 09:33 GMT 10:33 UK, [[BBC News]]</ref>。ただしかつて[[週刊サンケイ]]の対談の中で「[[日韓併合]]は不幸な過去だった」「[[在日韓国人]]の中には[[強制連行]]されて来た人がいる」と述べたことがある{{要出典|date=2021年1月}}。
*2007年10月に開かれた[[日本会議]]の設立10周年大会で披露した文章で「日本民族が先の戦争を戦ったことによって、数百年にわたって抑圧されたアジア・アフリカ諸民族を解放した」と述べ、日本の戦争行為を「偉業」と称えた<ref>{{Cite web|url=http://www.nipponkaigi.org/voice/10years/kakkai |title=設立10周年 各界より |work=日本会議 |accessdate=2021-01-18}}</ref>。
*2007年12月6日には東京千代田区の[[九段会館]]で行われた「南京陥落70年 国民の集い 参戦勇士の語る『[[南京事件]]』の真実」(南京事件の真実を検証する会主催)の冒頭挨拶で南京事件の虚構性を主張した<ref>[https://web.archive.org/web/20080217015551/http://sankei.jp.msn.com/life/education/071206/edc0712061943002-n1.htm 真実求める南京事件の国民の集い 東京・九段会館で]</ref><ref>参戦勇士九人が語る「南京事件」の真実(DVD) ISBN 978-4-89831-294-0</ref>。
*編集委員会代表を務める月刊誌「自由」2007年10月号の「巻頭言」では、終戦時の[[昭和天皇]]の態度について「要は天皇以下、当時の指導者たちには、国民に対する責任感が全くなかった。この無責任な人間としての心を失った姿が、戦後日本の狂いの初めであると思う。苦境に際して、己の責任を回避して、他に責任を転嫁、己の生き残りを優先する。迷惑をかけた人々に対し、何らの責任を取ろうとしない。この無責任体制が、今日の日本をもたらしたと言えないか」、「[[第21回参議院議員通常選挙|先の参議院選挙]]で、戦後最強の保守勢力・[[自由民主党 (日本)|自民党]]が歴史的大敗北をした。その時とった、[[安倍晋三|安倍]]総理の姿勢をみて、思わず敗戦時の昭和天皇のことを想い出した。安倍総理も彼を支える側近の人たちも、終戦時の天皇同様、責任を回避する言動に終始し、党・支持者に対し、責任を取る発言をしなかった。そして世論の過半数が辞めるべきだというなか、総理は内閣続投の意思表示をするだけだった。敗戦時に天皇や側近者たちが、敗戦の責任を国民に詫びることなく、天皇制度の維持画策に狂奔したのと全く同じである」と書き、昭和天皇に対しての激しい批判を展開した。