「資生堂」の版間の差分

 
== 概要 ==
[[福原有信]]が東京・[[銀座]]に「資生堂薬局」[[創業]]、[[商号]]の由来は、[[中国]]の古典『[[易経]]』の一節「至哉坤元 萬物資生(至れるかな、坤元。万物資(と)りて生ず。)」。「資生」は中国[[清代]]の文献に良く見られ、近代の中国や日本で「[[経済|economy]]」の訳語として用いられた時期もあった。
 
「新しく深みのある価値を発見し、美しい生活文化を創造する」という企業理念のもと、化粧品事業を中心に、[[トイレタリー]]事業や[[ヘルスケア]]事業([[美容]]・[[健康食品]]や[[一般用医薬品]])、フロンティアサイエンス事業([[医療用医薬品]]や美容[[医療]]、[[クロマトグラフィー]]、[[原材料]]事業)などを展開している。過去には[[生理用品]]や洗濯用[[洗剤]]、[[歯磨剤]]も発売されていた(資生堂本体が手がけたケースと子会社が手がけたケースとがある)が、売上不振によりいずれも撤退している。