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江戸時代には、旅人は大きな[[油紙]]を持参し、山中でやむなく日没を迎えてしまった場合には樹木の下などでそれにくるまって[[ビバーク|雨露をしのいだ]]とも言われている。
明治時代は西洋諸国の諸制度を取り入れる一環として多くの西洋スポーツが輸入された。キャンプもそのひとつとして紹介され、教育活動として推進されるようになった<ref name="sekai_pedia" />。[[1894年]]に刊行された[[志賀重昂]]による『[[日本風景論]]』中、「登山の氣風を興作すべし」として「山中に露宿する方法及び注意、山中の茵褥、露宿の際の着衣」を図解し、実践する者が急増した。[[1907年]]に、学習院の院長になった乃木希典は夏期に行われていた遊泳演習にキャンプを取り入れ、3週間にわたり160人の学生とキャンプ生活を行った。[[1922年]]には、YMCAが日光中禅寺湖の湖畔で中等学生のための組織キャンプを行った
== キャンプのマナー ==
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