「スペイン」の版間の差分

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|last=Payne|first=Stanley G.|title=A History of Spain and Portugal; Ch. 1 Ancient Hispania|publisher=The Library of Iberian Resources Online|year=1973|url=http://libro.uca.edu/payne1/spainport1.htm|accessdate=2008-08-09}}</ref>。原住民のケルト人やイベリア人はローマ化されてゆき、部族長たちはローマの貴族階級に加わった<ref name="cong" />。ヒスパニア州はローマの穀倉地帯となり、港からは金、毛織物、オリーブオイルそしてワインが輸出された。[[キリスト教]]は1世紀に伝えられ、2世紀には都市部に普及した<ref name="cong" />。現在のスペインの言語、宗教、法原則のほとんどはこの時期が原型となっている<ref name="hispania" />。
 
ローマの支配は[[409年]]に[[ゲルマン人|ゲルマン系]]の[[スエビ族]]、[[ヴァンダル族]]、[[アラン族]]が、それに続いて[[西ゴート族]]が侵入して終わりを告げた。[[410年]]頃、スエビ族は[[ガリシア]]と北部[[ルシタニア]](現[[ポルトガル]])の地に[[スエビ王国]]([[ガリシア王国]])を建て、その同盟者のヴァンダル族もガリシアからその南方の[[ドウロ川]]にかけて王国を建てている。[[415年]]頃、西ゴート族が南ガリアに[[西ゴート王国]]を建国し、[[418年]]頃に最終的にヒスパニア全域を支配した。[[552年]]には[[東ローマ帝国]]も[[ジブラルタル海峡]]の[[制海権]]を求めて南部に飛び地の{{仮リンク|スパニア|en|Spania}}属州設置して確保し、ローマ帝国再建のがかりにしようとした。西ゴート王国治下の[[589年]]に[[トレド教会会議]]が開催され、国王[[レカレド1世]]がそれまで西ゴート族の主流宗旨だった[[アリウス派]]から[[カトリック教会]]に改宗し、以後イベリア半島のキリスト教の主流はカトリックとなった。スパニア属州を設置・確保した東ローマ帝国との戦いは史料は少ないながらも徐々に西ゴート王国が優勢になったと思われ、624年頃にスパニア属州を征服、東ローマ帝国のローマ帝国再建は失敗に終わり、イベリア半島をローマ帝国のヒスパニア属州以来の統一を果たした。但し、征服年に関しては諸説あり、624年説の他に、625年説、628年説、629年説、634年以降説が乱立しているのが現状である
 
=== イスラームの支配 ===
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