「しんぶん赤旗」の版間の差分

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== 沿革 ==
[[Image:赤旗1号表紙.png|thumb|right|300px|赤旗創刊号表紙<ref name="赤旗創刊号">{{Cite report|author=内務省警保局保安課|authorlink=警保局|date=1929-07|title=特別高等警察資料第3号|url=https://www.digital.archives.go.jp/das/image/F0000000000000093548|publisher=[[国立公文書館]][[アジア歴史資料センター]]|format=PDF,JPEG|accessdate=2020-09-19}}</ref>([[1928年]](昭和3年))]]
[[File:赤旗1号創刊の辞.png|thumb|right|300px|赤旗創刊号創刊の辞。<br />最初に、「全国の[[革命]]的[[プロレタリアート|労働者貧農諸君]]!」と始まり、最後に「[[コミンテルン|第3インタナショナル]]万歳」「日本共産党万歳」と締めくくられている。<br />また、文中にこの新聞が非合法であることが明示されており、「[[ブルジョワジー|ブルジョア]]独裁国家を破壊して、[[プロレタリア独裁]]国家を建設せよ。」と[[階級社会]]に対して否定しているが、当時は[[独裁政治|独裁制]]に関して否定していなかったことが伺える<ref name="赤旗創刊号" />。]]
創刊は[[治安維持法]]が存在した[[1928年]]([[昭和]]3年)で、非合法による発行の地下新聞だった。[[戦前]]創刊当時の「赤旗」の読みは[[音読み]]で「せっき」。創刊時の編集長は[[水野成夫]]、主筆は[[渡辺政之輔]]、当初は月2回(1日・15日)の定期発行としたが、水野が検挙されたことで翌月の5号以降から事実上不定期となった<ref name="ReferenceA"/>。[[1935年]](昭和10年)[[1月20日]]、187号が発行された後、3月4日に最後の中央委員であった[[袴田里見]]が[[逮捕]]され発行が停止した。