「堀」の版間の差分

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== 城の堀 ==
[[File:Kuruwa.jpg|thumb|240px|中世城郭の各部名称 ①竪堀 ②[[土塁]] ③[[連続竪堀]] ④堀切 ⑤[[#堀の中の障害物|畝堀]] ⑥[[#堀の中の障害物|障子堀]] ⑦[[虎口#枡形虎口|枡形虎口]] ⑧[[土橋]]・[[虎口#虎口の類型|平虎口]] ⑨[[馬出し|馬出]] ⑩[[木橋]] ⑪[[曲輪]] ⑫櫓台]]
近世の平地の城には水堀があるが、中世の城の堀はほとんどが空堀である。近世であっても、山城の堀は空堀であることが多い。
 
堀の幅は、[[中世]]には[[甲冑]]を着た敵兵に対する[[弓矢]]の有効射程を考慮して15[[間]](約27m)程度とされてきた(守備側の弓矢を有効にさせたい場合は15間より狭くする)が、より射程の長い[[鉄砲]]が普及すると15間よりも広い堀が必要となった<ref name=kokura>小倉城([[北九州市]])の城内展示「戦での攻守」より</ref>。
 
通常、堀は幾重にも掘られており、平地の城における外側の堀を'''外堀'''、内側の堀を'''内堀'''、その中間の堀は'''中堀'''(なかぼり)と呼ぶ。城下町を防護する[[総構え]]の堀を'''総堀'''・'''惣堀'''(そうぼり)と呼ぶ。
尾根を仕切るように作られた堀を'''堀切'''(ほりきり)、郭(平坦部)の周に沿って造られた堀を'''横堀'''(よこぼり)、斜面に縦に造られた堀を'''竪堀'''(たてぼり)と呼ぶ。複数の竪堀が横に連接している場合、'''連続竪堀'''(れんぞくたてぼり)と呼ぶ。3条以上の連続竪堀を'''[[畝状竪堀]]'''(うねじょうたてぼり)と呼ぶこともある。[[曲輪]]を囲繞する横堀、あるいは[[曲輪#曲輪の用途|腰曲輪]]から間隔を空けて放射状に配置した多数の竪堀を'''放射状竪堀'''(ほうしゃじょうたてぼり)と呼ぶ<ref name="mishima2016">{{Cite journal|和書|author = 三島正之|title =[https://www.komazawa-u.ac.jp/~kazov/chujoken/semi2016/index3.html 東国における多重防御遺構の展開]|journal =[https://www.komazawa-u.ac.jp/~kazov/chujoken/semi2016/ 第33回全国城郭研究者セミナー](2016年8月開催)レジュメ|pages=189-190|ref=harv}}(※{{Cite journal|和書|journal=[[中世城郭研究]]|issue=第31号|year=2017|pages=297-298|ref=harv}}に要旨掲載)</ref>。
 
堀底には、落とし穴や、堀底尾根を仕切るような土塁状の障害物に作られた堀設けることもあ'''堀切'''(ほりきり)、郭(平坦部)の周に沿って、それれた堀障子(しょうじ)・'''横障子'''よこぼしょうじといい障子のある斜面に縦に造られた堀を'''障子堀'''(しょうじたてぼり)と呼ぶ(形状。複数の竪堀[[障子|明かり障子]]の桟連接しているからというのは誤った俗説)。土塁状の障子は場合'''連続竪を掘っ'''(れんぞくてぼり)きの掘り残しであり、造成時の手間が少ない呼ぶほぼ一定3条以上間隔に連続した土塁状の[[障子]]がある堀を'''[[状竪]]'''(うねじょうたてぼり)という呼ぶこともある。[[山中城曲輪]]を囲繞する横堀、あるいは[[静岡県曲輪#曲輪の用途|腰曲輪]][[三島市]])から間隔を空けて放射状に配置した多数ものは竪堀を'''[[後北条氏#放射状竪堀|放射状竪堀]]の障子堀と'''(ほうゃじょうた知られるが、この城や後北条氏に限らず日本各地に見られるぼり)と呼ぶ<ref name="mishima2016">{{Cite journal |和書|titleauthor = 三島正之|title =[https://www.komazawa-u.ac.jp/~kazov/chujoken/semi2015semi2016/index5index3.html シンポジウム「障子堀」東国における多重防御遺構展開 概要] |date = 2016.8 |journal = [[中世城郭研究]] |pages=269-280|issue=第30号}}(※[https://www.komazawa-u.ac.jp/~kazov/chujoken/semi2015semi2016/ 第3233回全国城郭研究者セミナー](2015(2016年8月開催)のパネルディスカッションを活字化したものレジュメ|pages=189-190|ref=harv}}(※{{Cite journal|和書|journal=[[中世城郭研究]]|issue=第31号|year=2017|pages=297-298|ref=harv}}に要旨掲載)</ref>。
 
=== 堀の中の障害物 ===
水堀は、水面をひと続きとせず[[土居]]([[堰]])で区切り、水位に高低差を付けることもあった。これを水戸違い(みとちがい)と呼ぶ。土居は通行するための[[土橋]]の役割を兼ねさせることもあった。傾斜地に水堀を築く場合は、水が流れ落ちないように水戸違いを設けて水を蓄えた。
水堀、空堀の中ほどや水ぎわには、[[逆茂木]]や乱杭と呼ばれる、杭を打ち横木を渡した障害物を造り、寄せ手の兵馬の通行を妨げた。
 
堀底には、落とし穴や、堀底を仕切るような土塁状の障害物を設けることもあって、それらを障子(しょうじ)・堀障子(ほりしょうじ)といい、障子のある堀を'''障子堀'''(しょうじぼり)と呼ぶ(形状が[[障子|明かり障子]]の桟に似ているからというのは誤った俗説)。土塁状の障子は、堀を掘ったときの掘り残しであり、造成時の手間が少ない。ほぼ一定の間隔に連続した土塁状の[[障子]]がある堀を'''畝堀'''(うねぼり)ということもある。[[山中城]]([[静岡県]][[三島市]])のものは[[後北条氏]]の障子堀として知られるが、この城や後北条氏に限らず日本各地に見られる<ref>{{Cite journal |和書|title = [https://www.komazawa-u.ac.jp/~kazov/chujoken/semi2015/index5.html シンポジウム「障子堀」の新展開 概要] |date = 2016.8 |journal = [[中世城郭研究]] |pages=269-280|issue=第30号}}(※[https://www.komazawa-u.ac.jp/~kazov/chujoken/semi2015/ 第32回全国城郭研究者セミナー](2015年8月開催)のパネルディスカッションを活字化したもの)</ref>。
通常、堀は幾重にも掘られており、平地の城における外側の堀を'''外堀'''、内側の堀を'''内堀'''、その中間の堀は'''中堀'''(なかぼり)と呼ぶ。城下町を防護する[[総構え]]の堀を'''総堀'''・'''惣堀'''(そうぼり)と呼ぶ。
 
=== 放射状竪堀 ===
放射状竪堀は、{{要出典範囲|date=2017年10月|上記の障害物としての堀とは性質が異なる。寄せ手の兵が堀に沿って攻撃してくることを前提としている。堀に沿って一直線上に並んだ兵を弓矢で射るのである。戦国時代後期には[[火縄銃]]の導入によって放射状竪堀の効果が増したので、特に西国の山城において導入例が数多く見られた}}。東国では[[戦国大名]][[武田氏#甲斐戦国時代の武田氏|武田氏]]が領国の甲斐を始め、侵出した信濃・上野・駿河・美濃などの山城に放射状竪堀を構築している<ref name="mishima2016" />。
 
=== 水堀 ===
水堀、空堀の中ほどや水ぎわには、[[逆茂木]]や乱杭と呼ばれる、杭を打ち横木を渡した障害物を造り、寄せ手の兵馬の通行を妨げた。
水堀は、水面をひと続きとせず[[土居]]([[堰]])で区切り、水位に高低差を付けることもあった。これを水戸違い(みとちがい)と呼ぶ。土居は通行するための[[土橋]]の役割を兼ねさせることもあった。傾斜地に水堀を築く場合は、水が流れ落ちないように水戸違いを設けて水を蓄えた。
 
河川より水を引き入れてる場合、船を利用することも多く、船を城塁につなぐ場合は凹形に堀を屈入させ[[船溜]]とし、これを水撚り(みずひねり)といった。
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