「梅ちゃん先生」の版間の差分

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: 問題の多い梅子に対して厳しく接し、退学した竹夫に対して1度は勘当して無関心を示す(後に竹夫と和解し、竹夫の近況に助言する立場に変わった)が、子供たちを密かに気にかけている。
: 医師・教授としての使命感はとても強い。女医の必要性を認識してはいるものの、医師になりたがる梅子に対し、学力の低さと適性から否定的に見ていたが、梅子の熱意に折れ志望を認める。
: 梅子が帝都大学医学部附属病院に就職後は、坂田に影響されていることを不愉快に思いつつ、医学に精進し成長する梅子を陰で認め、医学部助手への昇格を考えていた。しかし梅子の開業医への志望を知り、憤慨し反対。その直後に[[脳梗塞|脳軟化症]]を発症し、倒れる。しかし坂田の説得を受け、梅子の開業を応援後押しする立場言葉をかけ、協力する姿勢に変わった(開業後も度々梅子に助言している)
: 梅子と信郎の長男・太郎が生まれた当初は相変わらずの態度であったが、徐々に祖父としての安らかな一面を見せるようになる。
: [[1959年]](昭和34年)4月に名誉教授就任の話を断り附属病院を定年退職後、[[千葉県]]の病院の医院長就任の依頼を受け、芳子と共に転居する。