「林靏梁」の版間の差分

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→‎逸話: 『ある文人代官の幕末日記:林鶴梁の日常』のp3に肖像画の掲載あり。
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== 逸話 ==
* 代官職や幕府学問所学頭などの重職を歴任しながら1枚の肖像画も残っていないなど謎の多い人物であることと、出身が赤城山に近いことで土地があったと推測できることなどから、しばしば「徳川埋蔵金の実行役」として登場する。
* 柴橋代官時代に、当地を[[鎌倉時代]]から[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]まで治めた[[寒河江氏]]最後の当主[[寒河江高基]]の墓碑が、死後280年余りも無い状態であることを哀れみ、終焉の地(御楯山)に墓碑を建立したという<ref>『寒河江市史 上巻』p.775</ref>。
 
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