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2021年2月23日 (火) 15:08時点における版

信号処理の分野において、時間周波数解析(じかんしゅうはすうかいせき、: time–frequency analysis)とは信号時間ドメイン周波数ドメインの両方で「同時に」、様々な時間周波数表現英語版を用いて解析する手法をいう。1次元信号(1変数実関数および複素関数)をそのまま解析する場合、そのドメインは実線となるが、時間周波数解析は適当な変換を元の信号にかけたもの(やはり1変数実値関数および複素値関数、ドメインは実線)と元の信号とを組み合わせることにより、平面をドメインとする2次元信号を生成し、解析の対象とする[1]

この解析手法の数学的な動機付けとして、ある関数とその変換表現とは緊密に関係しあっており、これらをそれぞれ単独に解析するよりも組み合わせて2次元的な対象として解析するほうがより良く対象を理解できることが挙げられる。単純な例として、フーリエ変換の4回周期性[訳語疑問点]、およびフーリエ変換を2回適用すると方向が逆転することは、フーリエ変換を時間・周波数平面上の90°回転であると考えることにより、4回フーリエ変換を適用すると元に戻ること、および2回適用すると180°回転、すなわち元の向きと逆になることが容易に理解できる。

時間周波数解析を行う実用的な動機付けとしては、古典的なフーリエ解析英語版は信号が無限に続くこと、もしくは周期的であることを前提とするが、実用上得られる信号の多くは短い期間しか持続せず、かつ持続期間中に大きく変化することが挙げられる。たとえば、古典的な楽器は無限に続く正弦波を出すことはなく、弾いた瞬間に始まり徐々に減衰するような信号を出す。このような信号は古典的な手法では上手く表現することができず、時間周波数解析を行う動機となる。

時間周波数解析の最も基本的な形として短時間フーリエ変換(STFT)が挙げられるが、他にもウェーブレット変換を始めとしたより洗練された手法が開発されている。

動機

信号処理において、時間周波数解析はなどの統計が時間的に変化するような信号を特徴付け、また操作するために用いられる一連の手法をいう。

フーリエ解析を一般化および改良したものと言うことができ、時間的に周波数特性が変化するような信号を扱うことができる。音声音楽画像や医用信号は時間的に周波数特性が変化する信号であり、その応用範囲は幅広い。

フーリエ変換を拡張することにより、変化の遅い任意の局所可積分な信号の周波数スペクトルを得ることはできるが、このアプローチは信号の持続時間全体の完全な記述を事前に必要とする。実際、周波数(スペクトル)空間上の点群を時間空間全体から得られた情報をぼやけた形で持っていると考えることはでき瞬時周波数英語版る。数学的にはエレガントだが、そのような手法は将来のふるまいが不確定な信号の解析を行うには不適当である。たとえば、電気通信システムが非ゼロエントロピーを達成するためには、未来におけるある程度の不確定性を前提とする必要がある(次に何が来るのか事前にわかっている場合、情報が伝達を行うことはできない)。

時間ドメインにおける完全な記述を必要とすることなく周波数表現の持つ力を活用するためには、 まず時間ドメインと周波数ドメインの両方から信号を表現した時間周波数表現を得る必要がある。そのような表現においては、周波数ドメインはある時間的に局在した信号の振舞いのみを反映したものとなる。これにより、信号の周波数成分が時間に依って変化するような信号について意味のある記述を行うことが可能となる。

たとえば、次の関数で表わされるような信号を、超函数を用いて関数全体を周波数ドメインに変換することなく、時間によって周波数が変化する信号として表現することができる。

 

このような表現が得られれば、時間周波数解析的な手法を重ねて適用することにより、ノイズ干渉した信号の分離など、信号から情報を得るためのさまざまな処理を行うことが可能となる。

時間周波数分布関数

定式化

有効な時間周波数分布を定式化する方法として有名なものを以下に挙げる。

理想的時間周波数分布関数

時間周波数分布関数は、理想的には以下のような性質を持つ[要出典]

  1. 解析および解釈が容易となるよう、時間ドメインおよび周波数ドメインの両方で高分解能であること。
  2. 信号とノイズやアーティファクトを混同することのないよう、交叉項がないこと。
  3. 実用上便利な一連の数学的性質を持つこと。
  4. 実時間処理が可能なように計算複雑度が低いこと。

以下に4つの時間周波数分布関数の簡単な比較を示す[2]

分解能 交叉項 数学的性質[要説明] 計算複雑度
ガボール変換 悪い なし 悪い 低い
ウィグナー分布関数 良い あり 良い 高い
ガボール・ウィグナー分布関数 まあまあ ほぼなし まあまあ 高い
Cone-shape distribution function まあまあ (時間的には) なし まあまあ 中程度(再帰的定義の場合)


信号解析をうまく行うためには、適切な時間周波数分布関数を選ぶことが重要である。どの時間周波数分布関数を使うべきかはどのような用途を考えているかに依存する。ウィグナー分布関数は、その定式化に自己相関関数を含むため、分解能は高いが交叉項が問題を起こす場合がある。そのため、単項信号を解析したい場合にはウィグナー分布関数が最適のアプローチとなる。信号が複数の成分から成る場合には、ガボール変換やガボール・ウィグナー分布関数、修正ベータ分布関数などの別のアプローチを選んだ方がよい。

例として、非局所的フーリエ解析による振幅からは次の二つの信号を区別することができない。

 
 

時間周波数解析によれば、これらの信号は区別することが可能である。

用途

以下の用途のためには時間周波数分布関数だけでなく、信号に対するなんらかの処理が必要となる。線形正準変換英語版(LCT)は実に有用で、これにより時間周波数平面上の信号形を望みのとおりのどんな形状にも変換することが可能である。たとえば、任意の位置へ移動したり、時間周波数平面上の面積を保ったまま縦もしくは横に伸ばしたり、傾けたり[訳語疑問点]、回転したり(分数次フーリエ変換)することができる。

瞬時周波数推定

瞬時周波数英語版とは位相の時間変化率であり、定義式は以下のように書ける。

 

ここで、 瞬時位相英語版である。像が鮮明であれば、時間周波数平面から直接瞬時周波数を知ることができる。鮮明さが重要であるため、ウィグナー分布関数を解析に用いることが多い。

時間周波数フィルタリングおよび信号分解

フィルターの目的は信号の望ましくない成分を除去することにある。次に示すように時間ドメインおよび周波数ドメインにフィルターを別々に適用することは従来から行われてきた。


このようなフィルタリング手法は時間ドメインおよび周波数ドメインで重なり合う信号に対してはうまくいかない。時間周波数分布関数を用いることにより、ユークリッド的時間周波数ドメインについて、もしくは分数次フーリエ変換により分数次ドメインについてフィルタを適用することができる。以下に例を示す。


時間周波数解析におけるフィルタの設計は常に複数成分からなる複数の信号を扱うことになる。したがって、交叉項のあるウィグナー関数を用いることはできず、ガボール変換、ガボール・ウィグナー分布関数もしくはCohenクラス分布関数などを使うことができる。

信号分解の概念はある信号の1成分を他の成分から分離する必要性と関連し、これは適切に設計されたフィルタを適用することにより達成できる。このようなフィルタとして、時間ドメインもしくは周波数ドメインのどちらかに対して作用するものは従来から用いられてきた。しかし、このようなフィルタは時間ドメインと周波数ドメインの両方で重なり合う複数の成分からなる非定常信号の場合には適用できず、時間周波数フィルタを用いる必要がある。

標本化定理

ナイキスト・シャノンの標本化定理により、エイリアスを生じさせないために必要な標本点の数は、信号の時間周波数分布の面積と等しいことが言える(これは実際には近似である。任意の信号の時間周波数面積は実際には無限大である)。標本化定理を時間周波数分布と組み合わせる前と後についての例を以下に示す。


時間周波数分布を適用すると標本点の数が減ることは特筆に価する。

ウィグナー分布関数を用いた場合、交叉項(干渉とも)の問題がありうる。一方、ガボール変換を用いた場合表現の鮮明さと可読性が向上し、したがって信号の解釈および実践的問題への応用可能性も向上する。

結果として、単一成分から成る信号を標本化する場合にはウィグナー分布関数が用いられ、複数の成分から成る信号に対してはガボール変換やガボール・ウィグナー分布関数などの干渉が抑えられる時間周波数分布が用いられる。

バリアン・ロウの定理英語版はこのことを定式化しており、必要最低限の時間周波数標本数を与える。

変調および多重化

従来的には、変調および多重化の操作は時間もしくは周波数それぞれに集中していた。時間周波数分布を活用し、時間周波数平面の隙間を埋めることにより変調および多重化をより効率的に行うことができる。以下に例を示す。  

上の例のとおり、ウィグナー分布関数は交叉項の問題が著しくあまりこの用途には適さない。

電磁波の伝播

電磁波は2×1行列の形に表わすことができる。

 

これは時間周波数平面と似ている。自由空間を伝播する電磁波にはフレネル回折が起こる。これは2×1行列

 

にパラメータ行列

 

(ここで z は伝播距離を、λ は波長を表わす)のLCTを作用させることで表現できる。電磁波が球面レンズ通過もしくは円盤により反射されるとき、パラメータ行列はそれぞれk以下のようになる。

 
 

ここで f はレンズの焦点距離を、R は円盤の半径を表わす。その結果は以下のような形式で得られる。

 

光学・音響学・生体医学

は電磁波の一種であり、電磁波の伝播と同じように光学にも時間周波数解析を適用することができる。同様に、時間によって非常に大きく周波数を変える音響信号にもよく時間周波数解析が用いられる。音響信号には通常たくさんのデータが含まれており、その解析には計算複雑度の低いガボール変換などの比較的単純な時間周波数分布が適している。速度が求められない場合は時間周波数分布を選ぶ前に基準を確立する必要がある。別のアプローチとして、そのデータに適合する信号依存の時間周波数分布を定義する方法もある[3]。生体医学の分野では、筋電計信号、脳波心電図耳音響放射の解析に時間周波数分布を用いることができる。

歴史

時間周波数解析に関する初期の業績として、ハール・アルフレッドハールウェーブレット(1909)が挙げられる。しかし、これは信号処理にあまり適用されることはなかった。より影響の大きい業績としてガーボル・デーネシュによる初期のウェーブレットと言えるGabor_atom (1947)や短時間フーリエ変換を修正したガボール変換が挙げられる。ジャン・ビレフランス語版英語版as 信号処理の文脈に導入したウィグナー・ビレ分布(1948)も基盤的業績として挙げられる。

特に1930年代および1940年代には、初期の時間周波数解析が量子力学と歩調を合わせて開発された。ウィグナーはウィグナー・ビレ分布を1932年に量子力学の分野で開発し、ガーボルは量子力学の影響を受けていた。これは位置・運動量平面と時間・周波数平面との間の数学的共通性を反映している。たとえば、量子力学におけるハイゼンベルグの不確定性原理は時間周波数解析におけるガボール限界に相当し、これらはどちらも究極的にはシンプレクティック構造を反映したものである。

関連項目

参照文献

  1. ^ L. Cohen, "Time–Frequency Analysis," Prentice-Hall, New York, 1995. ISBN 978-0135945322
  2. ^ Shafi, Imran; Ahmad, Jamil; Shah, Syed Ismail; Kashif, F. M. (2009-06-09). “Techniques to Obtain Good Resolution and Concentrated Time-Frequency Distributions: A Review” (英語). EURASIP Journal on Advances in Signal Processing 2009 (1): 673539. doi:10.1155/2009/673539. ISSN 1687-6180. 
  3. ^ Baraniuk, R. G.; Jones, D. L. (1993-04). “A signal-dependent time-frequency representation: optimal kernel design”. IEEE Transactions on Signal Processing 41 (4): 1589–1602. doi:10.1109/78.212733. ISSN 1941-0476. https://ieeexplore.ieee.org/document/212733/.