「梶原一騎」の版間の差分

m
編集の要約なし
m (テンプレートの「生年月日」部分に諸説ありと追加)
m
 
== 経歴 ==
新潮社2021年2/25発刊「純情 梶原一騎正伝」を書いた小島一志によると「梶原一騎は在日だった」と語る、旧知の人物は[[黒崎健時]]、[[中村忠]]、[[芦原英幸]]、[[郷田勇三]]など多いという。一方で元付き人の[[毛利正司]]ほか、[[新間寿]]、[[佐山聡]]、[[松井章圭]]らは否定しており、小島も同書で「公的な証明がない以上、高森家を朝鮮出身者と断言することはできない」としている<ref>同書小島一志「純情 梶原一騎正伝」100P。</ref>。東京市浅草区(現[[台東区]])石浜(現・橋場)の木賃アパートで知的でインテリ<ref>ただし、線の細い大人しい優等生然としたインテリではなく、権力的なものに上から押さえつけられるのを根っから嫌う反骨精神旺盛なインテリジェンスであった。</ref>な父・[[高森龍夫]]と情念の深い母・高森や江(旧姓:佐藤)の間に三兄弟の長男として生まれ、まもなく両親とともに渋谷区隠田1丁目(現在の神宮前4・6丁目周辺)に移った<ref>高森日佐志『蝮の裔の我は身なれば』 飯倉書房、1996年、p.65、p.371。高森日佐志『昭和兄弟模様』 [[東邦出版]]、2010年、p.371</ref>。父方の祖父が[[熊本県]][[阿蘇郡]][[高森町 (熊本県)|高森町]]周辺の出身であるだけで、梶原自身と九州との関わりは[[宮崎県]]への1年の疎開と[[福岡県]][[小倉市]](現在の[[北九州市]])の親戚の家へ預けられたという程度である{{sfn|斎藤|p=71}}<ref>植地毅、勝畑聰「スーパー劇画王烈伝〜梶原一騎らぷそでぃ」『マンガ地獄変』[[水声社]]、[[1996年]]、p.17。</ref>。
 
弟の真樹日佐夫によれば「兄の朝樹は、父方の知的な高森家と、大柄で激烈な気性の持ち主ばかりだった母方の佐藤家の遺伝子の「合作」だった」とも語っている。