「安田善次郎」の版間の差分

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翌日、再度訪れた朝日は門前で4時間ほどねばったところ、面会が許された。午前9時20分ごろ、善次郎は別邸の十二畳の応接間で朝日に短刀で切り付けられ、逃げようとしたものの廊下から庭先に転落したところを咽頭部に止めを刺されて絶命した。享年82歳。その後、朝日は応接間に戻り、所持していた短刀と西洋刀で咽喉を突いて自殺した<ref>[[服部敏良]]『事典有名人の死亡診断 近代編』(吉川弘文館、2010年)326頁</ref>。
 
朝日による斬奸状には、「奸富安田善次郎巨富ヲ作スト雖モ富豪ノ責任ヲ果サズ。国家社会ヲ無視シ、貪欲卑吝ニシテ民衆ノ怨府タルヤ久シ、予其ノ頑迷ヲ愍ミ仏心慈言ヲ以テ訓フルト雖モ改悟セズ。由テ天誅ヲ加ヘ世ノ警メト為ス」(悪徳豪商の安田善次郎は巨万の富を築いたがその富豪としての責任を果たしていない。国家社会を無視し、貪欲にして卑しくケチで長らく民衆の恨みを集めている。私はその頑なさを哀れみ仏心と慈しみの言葉で諭そうとしたが悔い改めることはなかった。そのため天誅を加えて世の戒めとする)と記されていた。
 
[[戒名]]は正徳院釈善貞楪山大居士。この事件の約1か月後に起きた[[原敬暗殺事件]]は、この朝日による事件に刺激を受けたものといわれる。
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