「褚遂良」の版間の差分

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[[太宗 (唐)|唐の太宗]]の崩御を悼んだ文で、署名はないが、貞観23年(649年)の遂良の書とされている。書体は楷書である。哀冊とは、皇帝の葬儀のとき、[[中書令]]が読む弔辞なので、太宗の喪礼(そうれい)のとき[[中書令]]であった遂良の自作の哀冊文とされている。この文は、『[[唐文粋]]』・『[[文苑英華]]』・『[[唐大詔令集]]』に収録されているが、それら各々の間にも字句の異同があり、また現存の[[法帖]]との間にも異同がある。単に転写の際の誤りのみでなく、改稿したものがそれぞれに伝わったためと思われる。
 
[[明]]の有名な評論家、[[王世貞]]はこの真跡本を入手して跋を書いており、その跋文によると、[[中国の書家一覧#薛紹彭|薛紹彭]]などの題識があり、また、[[中国の書家一覧#米友仁|米友仁]]の跋もあって、「遂良の真跡にあやまりなし」と断じている。この真跡本は今は失われているが、その刻本は早くから行なわれ、『戯鴻堂帖』・『[[集帖#鬱岡斎帖|鬱岡斎帖]]』・『[[集帖#秀餐軒帖|秀餐軒帖]]』・『鄰蘇園帖』などの集帖に刻されている<ref>木村卜堂 PP..145-146</ref><ref name="nishibayashi65">西林昭一 P.65</ref>。
 
=== 倪寛賛 ===