「TK-80」の版間の差分

事業部・部名称を正確に
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'''TK-80''' (''Training Kit μCOM80'') とは、[[日本電気]] (NEC) の[[半導体]]事業(現在門<ref group="注">半導体部門は2002年分社化を経て2010年より[[ルネサス エレクトロニクス]]として存続。</ref>が[[1976年]][[8月3日]]<ref name="tk80_reldate" />{{sfn|佐々木|2013|p=8}}に発売した、[[マイクロコンピュータ|マイクロコンピューター]](マイコン)システム開発のためのトレーニングキットである。高価な端末装置を必要としないという点が当時のアマチュアの目に留まり、TK-80は本来の意図とは異なり相当数がコンピュータマニアに購入されることになった。
 
== 歴史 ==
[[1976年]]2月、NECは半導体・集積回路販売事業部<ref group="注">1976年9月に電子デバイス販売事業部へ改称。</ref>にマイクロコンピュータ販売部を設立し、マイクロプロセッサの販売のために開発環境の供給を開始した。しかし、顧客の元へ訪れて説明するも、なかなか[[マイクロプロセッサ]]を理解してもらえない状況にあった。同じ頃、NECは[[日本電信電話公社]]横須賀通信研究所のある研究室から、新人教育用のマイクロコンピュータ製品の開発を受注することになった。同部門の後藤富雄は部長の[[渡辺和也 (コンピュータ技術者)|渡辺和也]]に教育用キットの開発を提案した<ref name="tk80_reldate" /><ref name="Sekiguchi">{{Cite book|last=関口|first=和一|title=パソコン革命の旗手たち|year=2000|publisher=日本経済新聞社|language=ja|pages=35-39|isbn=4-532-16331-5}}</ref>。
 
後藤はTK-80の主要部分を設計し、加藤明が詳細設計を行った<ref name="Sekiguchi" />。後藤は[[KIM-1]]の写真からアイデアを取り入れた。KIM-1はソフトウェアで現在のアドレスを表示するようになっていたが、[[CPU]]がハングするとディスプレイが消えてしまう。TK-80は[[555 タイマー|555タイマー]]ICを使ってCPUに[[割り込み (コンピュータ)|割り込み]]をかけるダイナミックディスプレイを採用したことで、常に現在のアドレスを表示できるようになった。それに加え、TK-80は[[CMOS]]バッテリ機構を搭載していた。後藤は[[オープンアーキテクチャ]]であった[[PDP-8]]の影響を受けて、TK-80のマニュアルに[[回路図]]やデバッグ・モニタの[[アセンブリ言語|アセンブリ]]コードを掲載することにした<ref>{{Cite journal|last=塩田|first=紳二|year=1998|title=国産銘機列伝:開発者インタビュー「オープンの発想はPDP-8から学んだ―TK-80開発者、後藤氏に聞く」|journal=ASCII|volume=22|issue=5|pages=314|publisher=アスキー|language=ja|author-name-separator=|issn=0386-5428}}</ref>。