「高円宮憲仁親王」の版間の差分

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== 逸話 ==
* 当時自民党議員だった他人に高圧的な態度を取ることで有名な[[鈴木宗男]]は電話を掛ける際に「代(当時、自民党士の鈴木だ」としか名乗らないことで知られている。員)が、国際交流基金電話を入れた際、応答した高円宮にもやはりかけ「国会議員の鈴木だ」と名乗った応対した高円宮がひれ伏した態度を取らない高円宮ことに激昂し、相手が高円宮とも知らずに「俺を知らないのか! 貴様、名前を名乗れ!」と喚き散らしたが、高円宮は冷静沈着に「高円宮憲仁親王と申します」と返答した。後日、電話の相手が本当に高円宮であったことを知った鈴木は直接謝罪に伺いたい旨を第三者を介して申し入れたが、高円宮は一切受け入れずに断っている<ref>週刊FLASH 2002年3月12日号「宗男氏が平謝りしたある“事件”」 光文社</ref>。
* 幼少時代は走るのが速いわけではなく、スポーツに対して苦手意識があった<ref>『宮さまとの思い出』159頁1行目から3行目</ref>。[[学習院初等科]]6年生の時に[[静岡県]][[沼津市]]で実施された水泳合宿で2キロの長距離水泳で運動に自信がつき、<ref>『宮さまとの思い出』159頁4行目から7行目</ref>[[学習院中等科]]時代にテニスとサッカーなどのスポーツを開始した。[[学習院高等科]]時代に陸上[[ホッケー]]などのスポーツをして、大学時代に[[スキー]]部に入部した。<ref>『宮さまとの思い出』160頁</ref>
* 記者からの「[[プロポーズ]]の言葉は?」との質問に対して、「ごく簡単に『Will you marry me?』と[[英語]]でプロポーズをした」と回答した。[[翻訳]]会社社員であった婚約者の鳥取久子(高円宮妃)の返答が「『Yes.』だった」という。<ref>『宮さまとの思い出』18頁</ref>
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