「パウル・リンケ」の版間の差分

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ベルリンの様々な劇場で活躍し、また自らの作品のためアポロ出版(Apollo-Verlag)を設立している<ref>http://www.theatertexte.de/data/apolloverlag_paul_lincke/show_verlagsportrait</ref>。[[1941年]]の誕生日には[[ベルリン]]市から名誉市民の称号が贈られた<ref>http://www.parlament-berlin.de/de/Das-Haus/Berliner-Ehrenbuerger/Paul-Lincke?open&ref=9BV9PW136SHEQ</ref>。[[1946年]]に{{仮リンク|ハーネンクレー=ボックスヴィーゼ|label=ハーネンクレー|de|Hahnenklee-Bockswiese}}にて他界した。なおベルリンには現在、彼の名を冠する通りがある ([[:de:Paul-Lincke-Ufer|Paul-Lincke-Ufer]])。
 
[[1904年]]に作曲された『ベルリンの空気』は、のちにオペレッタ『'''ルナ夫人'''』("[[:de:Frau Luna|Frau Luna]]"、[[1899年]]。[[1922年]]改訂からとらに組み込まている。このオペレッタはベルリンっ子の冒険家一団が[[熱気球]]で月世界に行き、ルナ夫人こと月世界の王妃の宮廷で歓待されるという筋書きのものである。
 
その他のオペレッタには『インドラの王国』(Reich des Indra)や『リュジストラータ』(Lysistrata)などがある。なお『リュジストラータ』のアリエッタ「Glühwürmchen」は[[1940年]]に[[ジョニー・マーサー]]により翻訳され、「Glow Little Glow Worm」の名で[[ミルズ・ブラザーズ]]などにより演奏されて英語圏でも親しまれた。このほかにもリンケのオペレッタに登場する行進曲や[[ワルツ]]は単独で、あるいは[[メドレー]]のような形の編曲で親しまれている。
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