「プリティーポリー」の版間の差分

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翌年ぶっつけで[[1000ギニー]]に出走すると1分40秒のレコードで3馬身差圧勝し、続く[[オークス]]では他馬陣営に回避続出でわずか4頭立てになってしまった。圧倒的な一番人気でここも3馬身差で圧勝した。さらに[[コロネーションステークス]]、[[ナッソーステークス]]を余裕の勝利を重ね、秋の[[セントレジャーステークス]]ではヘンリーザファースト、二冠馬セントアマントらを破り牝馬クラシック三冠を達成した。次走のパークヒルテークスでデビュー以来の15連勝の記録も打ち立てた(この記録は現在でも[[リボー]]の16連勝に次ぐもので[[ブリガディアジェラード]]に並ぶ[[20世紀]]欧州第2位)。
 
次走は[[フランス]]に遠征し輸送のトラブルもあってデビュー以来めて敗北してしまう。翌年は、初戦の[[コロネーションカップ]]をレコードで勝つものの目標の[[ゴールドカップ|アスコットゴールドカップ]]を前に故障で休養を余儀なくされた。秋には復帰し[[チャンピオンステークス]]やジョッキークラブステークスに勝ち以前と変わらない強さを見せた。しかし、翌年やはりコロネーションカップを勝ちアスコットゴールドカップに挑んだが20[[ハロン_(単位)|ハロン]]の超長距離戦が響いたかゴール前失速し2着に敗れた。プリティポリーはこの後故障のためアスコットゴールドカップを最後に引退している。
 
引退後は繁殖牝馬として10頭の産駒を出した。直仔に名馬といえるほどの産駒はいないが、牝系子孫にプリティポリーに並ぶ15連勝を達成したブリガディアジェラードがいる。