「エフェソの信徒への手紙」の版間の差分

編集の要約なし
* 『エフェソ書』はパウロの手によるものではない。他のパウロ書簡についてよく知る著者がパウロの名を借りて書いたものである。ただ、この理論では「エフェソの」という言葉が初期の写本にないことを説明できない。
* 『エフェソ書』は特定の共同体にあてたものでなく、小アジアの複数の共同体で回覧するためのもので、その一部を変えてエフェソの共同体向けにしたものに過ぎない。
 
1964年にイギリスのハリスンは「Paulines annd Pastoral」において「感受性が強かった青年時代にパウロ本人と親密にしていたため、パウロの心を深層まで知っていた」としてエフェソの司教となったオネシモ著者説を公表している<ref name="onesimus">[https://www.christiantoday.co.jp/articles/29297/20210401/paul-philemon-onesimus-37.htm パウロとフィレモンとオネシモ37|クリスチャントゥデイ]</ref>。
 
== 成立時期・場所・目的 ==