「中華民国政府遷台」の版間の差分

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'''中華民国政府遷台'''({{lang-zh|中華民國政府遷台}})は、[[中華民国政府]]の[[台湾]]への移転のことである。[[第二次国共内戦]]の末期、{{要出典|範囲=1949年から1950年にかけて<!--英語版ウィキペディアなどでは1948年にも一部の遷台が始まったことが記述されている-->|date=2021年4月}}[[中国国民党]]とその政府の{{要出典|範囲=200万人の兵士|date=2021年4月}}と民間人が移転した。 中国本土から台湾への、[[中華民国陸軍]]の主力に加えて、多くの民間人も中国本土を離れるために[[中華民国国軍|国軍]]に追随した。
 
中華民国政府の台湾への移転は、[[中華民国]]の歴史と現代台湾の歴史の両方において大きな出来事であり、当時の[[蔣介石]][[中華民国総統|総統]]が率いる中華民国政府、国軍、国民党は当初、台湾に一時的に[[撤退]]し、中華民国の国家的優先事項として、[[中国大陸|中国本土]]の支配を取り戻すために本土を反撃する準備をして、軍を再編成し統合することを計画した。そのため、プロパガンダとして[[反共抗俄歌]]や[[大陸へ反攻せよ|大陸への反撃を宣伝する曲]]、ポスターなどを作成した。{{要出典|範囲=しかし、そのような計画を達成することは、現実的ではなく、明らかに不可能だっため|date=2021年4月}}{{いつから|date=2021年4月}}、中華民国の国家の焦点は台湾の[[近代化]]と[[経済]]発展に移り、「反攻大陸」のスローガンもおろした。{{要出典|範囲=[[李登輝]]が[[政権]]を握った後、台湾、[[澎湖]][[門]]、[[祖]]でのみ中華民国の主権と統治を提唱した。 [[2004年]]以降、中華民国政府は、領土が中国本土を含む「中華民国の包括的地図」を[[発行]]しなくなり、現在統治されている台湾、澎湖、金門、、松{{何の|date=2021年4月}}の地域に変更した。|date=2021年4月}}しかし、[[中華民国憲法]]によれば、中国本土は依然として中華民国の管轄区域であり、中華民国政府は、管轄下で中国本土に対する主権を放棄していない。
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