「シャルマネセル3世」の版間の差分

句点を追加
(衍字・脱字修正等)
(句点を追加)
| death_place =
| buried =|succession=[[新アッシリア帝国|アッシリアの王]]}}
'''シャルマネセル3世'''(''Shalmaneser III'')、'''シャルマヌ・アシャレド'''(''Šulmānu-ašarēdu''、「[[シャルマヌ]]神は至高なり」)は、[[アッシリア]]の王(在位:前859年-前824年)[[アッシュールナツィルパル2世]]の息子でありにして後継者である<ref>{{cite web|url=http://mcadams.posc.mu.edu/txt/ah/Assyria/Inscra01.html |title=Black Obelisk of Shalmaneser II |publisher=Mcadams.posc.mu.edu |access-date=26 October 2012}}</ref>。
 
彼の長期にわたる治世は東方諸部族、[[バビロニア]]人、[[メソポタミア]]および[[シリア]]、そして[[キズワトナ]]と[[ウラルトゥ]]への不断の遠征の連続であった。彼の軍隊は[[ヴァン湖]]と[[タウルス山脈]]を貫き、[[カルケミシュ]]の{{仮リンク|新ヒッタイト|en|Neo-Hittites}}に貢納を強制し、[[ハマー (都市)|ハマト]]と{{仮リンク|アラム・ダマスクス|en|Aram Damascus}}を平定した。