「リヒャルト・ワーグナー」の版間の差分

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[[1855年]]、ワーグナーの知り合いでもあった自由主義者の作家[[グスタフ・フライターク|フライターク]]の小説「借方と貸方」では、ドイツ人商人が浪費癖の強いドイツ人貴族を助けて、ドイツへの憎しみに燃えるユダヤ人商人は没落し最後には汚い川で溺死するという話で、ドイツの長編小説の中で最も読まれたといわれ影響力があった<ref>Soll und Haben</ref><ref name="sim110">[[#下村 1972]], p.105-110.</ref>。
 
1860年1月25日、パリでワーグナー作品演奏会が実施され、[[エクトル・ベルリオーズ|ベルリオーズ]]、マイアア、[[フランソワ・オーベール|オーベール]]、[[シャルル・グノー|グノー]]が来場し、さらにワーグナーが開いた水曜会には[[カミーユ・サン=サーンス|サン=サーンス]]とグノーが常連となり、またワーグナーは[[ボードレール]]を招待した<ref>[[#高辻1986]],p106.</ref>。
 
[[1861年]]にはワーグナーが実名で『音楽におけるユダヤ性の解説』を刊行した。