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|特記事項=
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'''株式会社サンライズ'''({{Lang-en-short|SUNRISE INC.}})は、日本の[[アニメ制作会社]]。[[バンダイナムコグループ]]傘下[[アニメ制作会社]]。グループ企業であり、[[日本動画協会]]正会員でもある
 
== 歴史沿革 ==
=== 創業 ===
[[1972年]]、経営難に陥った[[虫プロダクション#株式会社虫プロダクション(旧虫プロ)|旧虫プロダクション]](虫プロ)から独立した営業・制作畑のスタッフが中心となって、'''有限会社サンライズスタジオ'''という名で創業。
 
虫プロの制作・営業部門に所属していた岸本吉功、伊藤昌典、山浦栄二、渋江靖夫、岩崎正美、沼本清海、米山安彦の7名<ref group="注">『アニメージュ』1981年12月号28ページの「小史日本サンライズ」や、岡島正晃・あさのまさひこ・中島紳介『ボトムズ・アライブ』(太田出版・2000年)p204など、設立メンバーを8名とする資料もある。</ref>が設立メンバーである。手持ちの資金がなかったことから、同年、虫プロ作品で音響を担当していた[[東北新社]]に出資を仰ぎ<ref>Web現代「ガンダム者」取材班編集「第5章 企画 飯塚正夫 《アトムの革命》」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』講談社、2002年10月9日、{{ISBN2|4-06-330181-8}}、230頁。</ref>、サンライズ創業者との共同出資により'''株式会社創映社'''を設立。創映社が企画と営業を行い、アニメの実制作はサンライズスタジオで行なう体制だっが取られた<ref>天本伸一郎編「第2章/サンライズ黎明期 山浦栄二 インタビュー」『富野由悠季 全仕事』[[キネマ旬報社]]〈キネ旬ムック〉、1999年6月9日、{{ISBN2|4-906649-00-9}}、112頁。</ref>。そのため、当初の営業・制作スタッフはサンライズスタジオと創映社に同時に在籍する状態であったが、創映社自体は[[東北新社]]の子会社で下請けの存在だったため、この当時制作した作品の[[著作権表示]]は全て「©東北新社」となっている。
 
本社が設立された1972年は、彼らの独立元ともいえる虫プロ(旧虫プロ)その関連・子会社の経営難や労働争議が表面化しつつあった頃で、その後、旧虫プロは1973年11月に経営破綻に追い込まれもあった。これは企業の成り立ちや手塚の意向、および経営方針がゆえに「[[アニメーター]]にあらずんば人にあらず」と言われる程にアニメーター偏重の作品作りが最優先される企業風土となったことで、合理的で適切な企業運営ができなかったことが主な要因となったものであった。
 
創業メンバーは、虫プロが倒産直前の末期的様相を呈する前に独立した面々ではあるものの、虫プロ同社の内情と体質的な問題を組織内部から見て知る人物達者たちもあり、この虫プロの企業体質サンライズスタジオの経営における大きな教訓となりして、現在まで受け継がれている。すなわち、サンライズにおける「[[クリエーター]]が経営陣に入ってはいけない」という経営ポリシーの確立である<ref>Web現代「ガンダム者」取材班編集「序章 サンライズ取締役社長 吉井孝幸 《アニメーションにおけるニッチ産業》」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』9-10頁。</ref>。そのため創業以来、自社スタジオは構える一方で、制作進行管理業務以外の実制作作業は外注スタッフがほぼ全てを担っており、既に約4050近い歴史を持つ企業でありながら同社、サンライズ一筋のプロパー正社員として監督を務めた人物もいない<ref group="注">ただし、[[福田己津央]]・[[小原正和]]のように、サンライズでアニメ制作のキャリアをスタートし、フリーランスになった後も名義のある仕事の大半はサンライズ作品で行い、サンライズ制作作品の監督を務めた人物はいる。</ref>。これもまた、アニメ制作に必要なスタッフや専門職の大半を自社で正規雇用として抱え続けたために昇給・人件費増加・社内ポストなどの問題が解決できずに労働争議に至って破綻した、旧虫プロの反省でもあり、った。その様な意味において言えば、サンライズでヒット作を手掛けてその名を知られる[[富野由悠季]]・[[高橋良輔 (アニメ監督)|高橋良輔]]などの監督や[[塩山紀生]]・[[安彦良和]]・[[木村貴宏]]などの著名アニメーターもあくまで外注スタッフに過ぎず、クリエイターは携わっても作品単位での企画・制作までにとどまっている。
 
また、創業当初の経営陣はアニメの作品性も重視する一方、それ以上に必要に応じた外注の多用などコスト削減や各種版権収入なども含めて、総合的な採算確保を図り健全経営を維持することを最重視する経営方針を打ち出した。玩具の商品企画のタイアップをアニメ企画の起点と主軸に据える作品構築のシステムを採用していたことも、今日に至るサンライズを形成した重要な特徴の一つである<ref>
* 「いま、映画機動戦士ガンダムに燃える日本サンライズ PART4 座談会」『アニメージュ』1981年1月号、p114-p115。山浦栄二取締役企画部長(当時)の発言による。
* 中島紳介、斎藤良一、永島収『イデオンという伝説』太田出版、1998年、p104.
* Web現代取材班「第5章 飯塚政夫」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』講談社、2002年、p248-p249。
</ref>。この背景には、「資金のない弱小プロダクション故に人件費を負担できない」<ref>Web現代取材班「第1章 安彦良和」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』(講談社・2002年)p72。</ref>、[[漫画]]原作の[[著作権]]([[翻案権]])を得るために必要な予算が捻出できない、などといった経営初期に抱えていた資金面にまつわる事情る。一方で出版物を原作とした作品の場合、アニメ雑誌が記事に取り上げる際、著作権者の意向という形で誌面の素材として使用したい映像の使用許諾が得られなかったり、ページ数の制限が付きまとうことが多く、サンライズ作品におけるオリジナル企画の多さは、[[1980年代]]を中心に[[アニメ雑誌]]においてメインに据えられ、大きく取り扱われる要因となった<ref>中島紳介、斎藤良一、永島収『イデオンという伝説』太田出版、1998年、p174-p176</ref>
 
=== 日本サンライズ時代 ===
[[1976年]][[11月]]に東北新社傘下から離脱。'''株式会社日本サンライズ'''に改組・商号変更し、[[東映|東映本社]]作品と[[円谷プロダクション|円谷プロ]]作品のアニメーション制作を下請けするようになる一説には利益の配分を巡る喧嘩別れとも言われており<ref>「ロングインタビュー 安彦良和」『[[キネマ旬報]]別冊 動画王』Vol.7(キネマ旬報社・1998年)p174.</ref>、サンライズの飯塚正夫によると『[[ゼロテスター]]』や『[[勇者ライディーン]]』などで得た利益はすべて東北新社にっており、彼らは給料が上がらず不満が溜まっていたといである<ref>Web現代「ガンダム者」取材班 ガンダム者―ガンダムを創った男たち 講談社 2002年</ref>。一説には利益の配分を巡る喧嘩別れとも言われる<ref>「ロングインタビュー 安彦良和」『[[キネマ旬報]]別冊 動画王』Vol.7(キネマ旬報社・1998年)p174.</ref>。翌1977年の『[[無敵超人ザンボット3]]』にて初めて自社企画制作作品を世に送り出す。1979年制作の『[[機動戦士ガンダム]]』とその後の劇場用作品により、アニメ業界に[[リアルロボット]]ブームを興した。
 
[[1981年]]、初代社長の岸本吉功が死去。当時四十まだ40代であったが激務が祟り身体を壊したものであったという<ref>[http://www.city.matsue.shimane.jp/jumin/shisei/kouhou/shihou_matsue/2212/sub/minasan.htm 市報松江12月号(2010年)]</ref>。岸本の死を受け第2代社長に伊藤昌典が就任。
 
[[1985年]]にはオリジナルビデオアニメ([[OVA]])に進出。ただしオリジナルOVAいう体裁を取っているのの、サンライズ制作のそれにおいて全くのオリジナル企画は少なく、『[[装甲騎兵ボトムズ]]』のようなテレビシリーズで人気を得た作品の続編や、『[[機甲猟兵メロウリンク]]』のようにその延長線上にある企画という基本方針を取っている。
 
=== 株式会社サンライズ ===
[[1987年]][[6月]]に'''株式会社サンライズ'''に商号変更し、第3代社長に山浦栄二が就任する。この商号変更と山浦の社長就任に伴い、従来のオリジナル企画主体の路線から転換し、『[[ミスター味っ子]]』『[[シティーハンター (アニメ)|シティーハンター]]』『[[バツ&テリー]]』などを端緒に、原作付き作品を手がけることが増えていった
 
[[1987年]]、従来またこオリジナル企画主体の路線から転換し頃は、『[[ミスター味っ子]]』『[[シティーハター (アニメ)|シティーハンター]]ダム『[[バツ&テリー]]』などを緒に原作付き作品手がけることが増えていっ発し。同時期にリアルロボットブームが下火になりつつあったのを見るや時期でもありその火付け役であったサンライズもまた『[[機甲戦記ドラグナー]]』を最後にガンダム由来のリアルロボット系作品に依存した体制からも一旦脱却し、玩具メーカーとのタイアップのオリジナル企画においても『[[魔神英雄伝ワタル]]』を機に子供がロボットに乗る、或いもしくはロボットと友情を育むことで敵を倒すロボットアニメをて登場した他、『[[鎧伝サムライトルーパー]]』の関連作品の成功を受ける形で、容姿端麗な[[美少年]]が特殊アーマーを装着する鎧ものが幅を利かせた。また、1990年代前半には当時のガンダムよりも下の年齢層をメインターゲットとした『[[勇者シリーズ]]』が商業的な成功を収めるなど、元々得意とするオリジナル作品も堅調に推移した。
創業以来手掛けてきた作品には[[オリジナルアニメ|オリジナル企画]]の[[ロボットアニメ]]や、玩具メーカーとりわけバンダイ系列各社とのタイアップが多いが、山浦の代から漫画原作付きなど様々なアニメ作品を制作、多くの作品で熱心なアニメファンやアニメ業界内部から高い評価と支持を得ている。
 
1990年代前半には、当時のガンダムよりも下の年齢層をメインターゲットとした『[[勇者シリーズ]]』が商業的な成功を収めるなど、元々得意とするオリジナル作品も堅調に推移した。
玩具タイアップを中心にオリジナル作品を多く手掛けてきた理由の1つに、設立当初は資金に乏しく[[漫画]]原作の[[著作権]]([[翻案権]])を得るために必要な予算が捻出できなかったという事情がある。ただし、原作が出版物である作品の場合、アニメ雑誌が記事に取り上げる際、著作権者の意向という形で誌面の素材として使用したい映像の使用許諾が得られなかったりページ数の制限が付きまとうことが多く、オリジナル企画の多さは、[[1980年代]]を中心に[[アニメ雑誌]]においてサンライズ作品がメインに据えられ大きく取り扱われる要因となった<ref>中島紳介、斎藤良一、永島収『イデオンという伝説』太田出版、1998年、p174-p176</ref>。
 
[[1987年]]、従来のオリジナル企画主体の路線から転換し、『[[ミスター味っ子]]』『[[シティーハンター (アニメ)|シティーハンター]]』『[[バツ&テリー]]』などを端緒に原作付き作品を手がけることが増えていった。同時期にリアルロボットブームが下火になったのを見るや、『[[機甲戦記ドラグナー]]』を最後にガンダム由来のリアルロボット系作品に依存した体制からも一旦脱却し、玩具メーカーとのタイアップのオリジナル企画においても『[[魔神英雄伝ワタル]]』を機に子供がロボットに乗る、或いはロボットと友情を育むことで敵を倒すロボットアニメが登場した他、『[[鎧伝サムライトルーパー]]』の関連作品の成功を受けて容姿端麗な[[美少年]]が特殊アーマーを装着する鎧ものが幅を利かせた。また、1990年代前半には当時のガンダムよりも下の年齢層をメインターゲットとした『[[勇者シリーズ]]』が商業的な成功を収めるなど、元々得意とするオリジナル作品も堅調に推移した。
 
=== バンダイ・ナムコ傘下のグループ企業へ ===
[[1994年]][[4月1日]]、[[バンダイ]]による資本参加を受けて同社傘下のグループ企業となる。と同時伴い経営陣刷新され、以降の経営上層部の人材は[[松本悟]]のように主にバンダイの送り込んだ人物が占める様になっていった。
 
[[川口克己]]によると、バンダイグループ内部には出資した作品のマーチャンダイジングの成功・不成功の判断基準として『ガンダム』シリーズを指標に用いる向きがあり、同シリーズと同程度の売上でないと作品として成功とは見なされないことから、自然とガンダムに偏重していく傾向があるという<ref>[[柿沼秀樹]]、加藤智「ガンプラシーン回顧対談 1980〜2007 川口克己×柿沼秀樹」『バンダイ キャラクタープラモ年代記 鉄人からヤマト、ガンダムまで』[[学研ホールディングス|学習研究社]]、2007年4月3日、{{ISBN2|978-4-05-403282-8}}、161頁。</ref>。サンライズ作品に限らず、「ロボットアニメはガンダムに淘汰される」という見方すらある<ref>Great Mechanics 5 双葉社 2002年</ref>。このため勇者シリーズが終了した1990代末以降はサンライズ自身でさえ少年向け・低年齢層向けのロボット物の[[オリジナルアニメ]]作品を発表する機会にはなかなか恵まれなくなった。
 
* 現在、サンライズが所属するまたバンダイナムコグループは、前身のバンダイナムコグループの当時から)は、版権・キャラクター関連のビジネスでは長年の業界最大手として豊富なノウハウを持っているが、その裏返しとして同社が関与する作品ではにおいて、版権や制作体制全般の管理が極めて厳しく徹底されることで知られている。サンライズもバンダイグループ入りの後はその例に漏れず、版権ビジネスのみだけではらず作品出演の[[声優]]や原作者・監督などのメディア出演についても管理がより強化・徹底されるようになっており、現在ではその様な意味でもアニメ業界で知られる、アニメマスコミ関係者にとって扱にくい存在になているという<!-- <ref>[http://www.cyzo.com/2008/10/post_959.html アニメマスコミを泣かせる"サンライズ様"の銭ゲバ体質(前編)]</ref><ref>[http://www.cyzo.com/2008/10/post_1008.html アニメマスコミを泣かせる"サンライズ様"の銭ゲバ体質(後編)]</ref> -->{{出典無効|date=2017年7月}}
 
以後の沿革・歴史は下記にて年代ごとに記載。
 
=== 2000年代 ===
[[2007年]]にバンダイが旧[[ナムコ]](以下、「旧」は省略)と経営統合し、バンダイナムコグループを作っ設立しことナムコ系テレビゲーム作品とのタイアップが増える。一例としては同年に制作された、『[[THE IDOLM@STER]]』を原案とした『[[アイドルマスター XENOGLOSSIA]]』が制作された。また、[[2008年]]には同じくナムコ制作の『[[テイルズ オブ ジ アビス]]』のアニメ版の制作も行っていどが挙げられる。なおそれとは対象的に、かつての主軸でもあった玩具をメインとしたコンテンツとのタイアップ作品は、2004年の『[[陰陽大戦記]]』以降は激減した。ガンダム以外のオリジナルロボット作品についても『[[コードギアス]]』シリーズや『[[ゼーガペイン]]』など、少数に留まる(ただし、この2作については初動から10年経過した2010年代でも適宜シリーズの展開が続いている)。
 
=== 2010年代 ===
この2010年代には自社参加・読者参加企画発祥のメディアミックス作品『[[ラブライブ!]]』が大ヒットを飛ばしたことを筆頭に、以前よりも更に様々なジャンルの作品を手がける様になった。
* ゲームを主軸とした企画とのタイアップ作品 - 『[[バトルスピリッツ]]』シリーズ、『[[アイカツ! (アニメ)|アイカツ!]]』など
* 非コミック原作作品 - 『[[境界線上のホライゾン]]』・『[[アクセル・ワールド]]』(ライトノベル原作)など
 
2015年4月1日、キッズ・ファミリー向け作品などの一部の制作部門を分社した株式会社[[バンダイナムコピクチャーズ]]が設立される(事前発表は同年2月12日。以下「BNP」と略す場合あり)。社長はサンライズ社長の宮河恭夫が兼任する。これ以降サンライズはハイターゲット向けの作品を中心とした制作体制に特化することとなる。<!--以下の記述は「バンダイナムコピクチャーズの項目に記載があるのでコメントアウト
 
キッズ・ファミリー向けはバンダイナムコピクチャーズが担い、企画開発の迅速化やトイホビー事業との連携を強化し、バンダイビジュアルと連携して担っていくことになる<ref>[https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1502/12/news086.html サンライズの一部を分社化「バンダイナムコピクチャーズ」設立 「アイカツ!」などキッズ向け担当]、ITmedia、2015年2月12日</ref><ref>[https://animeanime.jp/article/2015/02/12/21947.html バンダイナムコピクチャーズ2015年4月設立 サンライズがキッズ・ファミリー向けを分社化]、アニメ!アニメ!、2015年2月12日</ref>(実際には『銀魂』シリーズ、『TIGER&BUNNY』シリーズなど、一般的にはハイターゲット向けと認知されている作品のIPも承継されている<ref>{{Cite web |url=https://www.bn-pictures.co.jp/corporate.html |title=会社概要 主な承継作品 |publisher=バンダイナムコピクチャーズ |accessdate=2015-4-8}}</ref>)。-->
 
2016年9月、サンライズ内部で独自に立ち上げた非映像系オリジナル作品(主に小説)を発信するwebサイト「[[矢立文庫]]」をスタート。
 
2017年9月、創業45周年を迎える。
 
[[2018年]][[11月20日]]、[[ジーベック (アニメ制作会社)|ジーベック]]のポストプロダクション部門を除く映像制作事業を譲受すると発表した(その後同社の撮影部門、練馬スタジオ、仕上部門および過去作品の著作権を除くアニメーション作画・制作管理部門の譲受に変更されたこれを受けて、[[2019年]][[3月1日]]付で新会社「'''株式会社[[SUNRISE BEYOND]]'''」(サンライズビヨンド)を設立し、同社に[[4月1日]]付で同社にこれらの事業が継承された<ref>[https://ssl4.eir-parts.net/doc/3791/tdnet/1651118/00.pdf 連結子会社の事業譲渡に関するお知らせ]、株式会社IGポート、2018年11月20日</ref><ref>[https://www.sunrise-inc.co.jp/news/news.php?id=16235 新規IP創出および既存IPのイノベーションに向けて制作力を強化!株式会社ジーベック映像制作事業譲受に関するお知らせ]、サンライズ、2018年11月20日</ref><ref>[https://ssl4.eir-parts.net/doc/3791/tdnet/1660085/00.pdf 連結子会社株式会社ジーベックの事業譲渡に伴う組織再編 及び制作中の同社原作アニメーションについて]、株式会社IGポート、2019年1月7日</ref><ref>{{Cite web |url=http://animationbusiness.info/archives/7344 |title=サンライズが新会社「SUNRISE BEYOND」設立 本社は現ジーベック|publisher=アニメーションビジネス・ジャーナル |accessdate=2019-3-23}}</ref>。
 
[[2019年]][[4月1日]]、宮河恭夫の[[バンダイナムコエンターテインメント]]社長就任に伴い、専務取締役の浅沼誠が社長に就任<ref>{{cite web|url=https://gamebiz.jp/?p=231017|title=【人事】サンライズ社長の宮河恭夫氏がバンダイナムコエンターテインメントの社長に4月1日付で就任 宮河氏の後任は専務の浅沼誠氏に|publisher=Social Game Info|date=2019-02-06|accessdate=2019-02-07}}</ref>。
=== 2020年代 ===
[[2021年]][[3月1日]] - 半世紀近くに及ぶ同社の過去作([[バンダイナムコピクチャーズ#主なサンライズからの移管作品|BNPに移管したシリーズ作品]]およびガンダムシリーズなど別途ポータルサイトのある作品以外が中心)および関連情報をエンタメ的にアーカイブするサイト「サンライズワールド」を開設<!--出典は本項目末「外部リンク」のurlを参照のこと-->。連動する形でYouTubeに作られていた「サンライズチャンネル」にて、創業初作『[[無敵超人ザンボット3]]』を始めとした1970~1990年代初めごろまでの過去作を幾つか期間限定で全話プレミア無料配信開始。(毎週1~2話づつの更新)
 
=== 付記2020年代 ===
[[2021年]][[3月1日]] - 半世紀近くに及ぶ同社サンライズの過去作([[バンダイナムコピクチャーズ#主なサンライズからの移管作品|BNPに移管したシリーズ作品]]およびガンダムシリーズなど別途ポータルサイトのある作品以外が中心)およびと、その関連情報をエンタメ的にアーカイブするサイト「サンライズワールド」を開設<!--出典は本項目末「外部リンク」のurlを参照のこと-->。これと連動する形でYouTubeに作ら開設されていた「サンライズチャンネル」にて、創業初作『[[無敵超人ザンボット3]]』を始めとした1970~19901970 - 1990年代初めごろまでの過去作を、いくつか期間限定で全話プレミア無料配信開始(毎週1~2話づつの更新)
* 現在、サンライズが所属するバンダイナムコグループは、前身のバンダイグループの当時から版権・キャラクター関連のビジネスでは長年の業界最大手として豊富なノウハウを持っているが、その裏返しとして同社が関与する作品では版権や制作体制全般の管理が極めて厳しく徹底されることで知られている。サンライズもバンダイグループ入りの後は版権ビジネスのみならず作品出演の[[声優]]や原作者・監督などのメディア出演についても管理が強化・徹底されるようになっており、現在ではその様な意味でもアニメ業界で知られる、アニメマスコミ関係者にとって扱いにくい存在になっているという<!-- <ref>[http://www.cyzo.com/2008/10/post_959.html アニメマスコミを泣かせる"サンライズ様"の銭ゲバ体質(前編)]</ref><ref>[http://www.cyzo.com/2008/10/post_1008.html アニメマスコミを泣かせる"サンライズ様"の銭ゲバ体質(後編)]</ref> -->{{出典無効|date=2017年7月}}。
* 制作スタジオはいくつもあり、それぞれに「第1スタジオ」などと数字が割り振られることが多い。略して「1スタ」などと呼ぶことがある。{{要出典範囲|ただし中で働いているのは前述のように外注スタッフである|date=2020年8月}}。
 
== 制作作品 ==
: サンライズで制作されている作品は、全部で12箇所のスタジオが母体となっている(2015<ref group="注">それぞれに「第1スタジオ」などと数字が割り振られることが多く、略して「1スタ」などと呼ぶこともある。</ref>2015年4月にバンダイナムコピクチャーズに移管が設立されて以降は、これらのスタジオがあるため、現在の一部若干減った模様)同社に移管されている
: 以下、☆印記されたものは2015年4月からバンダイナムコピクチャーズ設立時に同社に移管された作品・シリーズを指す
 
=== テレビアニメ ===
** [[機動戦士Ζガンダム]](第2スタジオ、1985年 - 1986年)
** [[機動戦士ガンダムΖΖ]](第2スタジオ、1986年 - 1987年)
** [[機動戦士Vガンダム]](第3スタジオ、19921993年 - 19931994年)
** [[機動武闘伝Gガンダム]](第2スタジオ、19931994年 - 19941995年)
** [[新機動戦記ガンダムW]](第1スタジオ、19941995年 - 19951996年)
** [[機動新世紀ガンダムX]](第1スタジオ、1995年 - 1996年)
** [[∀ガンダム]](第1スタジオ、19961999年 - 19972000年)
** [[機動戦士ガンダムSEED]](第9スタジオ、2002年 - 2003年)
** [[SDガンダムフォース]](谷原スタジオ、2004年)
 
=== TVCM ===
特記限り、いずれも[[日清食品]]のCM
* [[カップヌードル]]「[[FREEDOM-PROJECT|FREEDOM]] -自由を掴め-」篇(2006年 - ):キャラクターデザイン・[[大友克洋]]
* 夏の辛口トリオ(カップヌードル・[[どん兵衛]]・[[日清焼そばU.F.O.|UFO]])「夢の共演」篇(2006年):タケル(キャラクターデザイン・大友克洋、声:[[浪川大輔]])のみ([[中居正広]]、[[松浦亜弥]]と共演〈両者とも実写〉)
 
=== その他 ===
* [[ガンヘッド]](作、実写作品、1989年)
*オリジナルの肝(Web配信番組、2008年)
*[[ガンダムビルドダイバーズRe:RISE]](制作元請:[[SUNRISE BEYOND]]、企画・作、2019年 - 2020年)
*[[ガンダムビルドダイバーズ バトローグ]](制作元請:SUNRISE BEYOND、企画・作、2020年)
 
== 同社サンライズのスタッフが独立・起業した会社 ==
* [[スタジオディーン]](1975年3月設立)(1977年10月にデビュー)(長谷川洋、もちだたけし)
* [[スタジオダブ]](1983年1月設立)(1983年1月にデビュー)(八幡正)※2019年に経営権を譲渡しBNPいわきスタジオとなる。