「イタダキマン」の版間の差分

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『[[タイムボカンシリーズ]]』第7作目にして、「フジテレビ制作作品」および「昭和のタイムボカンシリーズ」としての最終作でもある。企画段階では『オシャカマン』との番組タイトルだったが、「おしゃかになる」が「だめになる」という意味になり縁起が悪いために改題された。『イタダキマン』のタイトルの由来は「視聴率を戴く」という意気込みを込めたものである<ref name="sasagawa">笹川ひろし「第25章 ここであったがこんにちは!イタダキマン現る!!」『ぶたもおだてりゃ木にのぼる』[[ワニブックス]]、2000年9月25日、ISBN 4-8470-1358-1、273-277頁。</ref>。
 
本作品では『[[西遊記]]』を各種設定のモチーフとし、同時にマンネリ打破を目指した前々作『[[ヤットデタマン]]』及び前作『[[逆転イッパツマン]]』から一転、原点回帰へ向けた様々な取り組みがなされている。作風は前作のシリアス路線とは対照的に、シリーズ本来のコメディテイストを前面に押し出した、低年齢層向けの解りやすいものへと変更<ref group="注">その一方で、[[小原乃梨子]]キャラ以外の女性(法子や学園の女生徒など)が、更衣や入浴などで[[下着]]や[[乳房]]を大胆に見せるシーンも多々あった。</ref>。また登場するメカも『[[ヤットデタマン]]』から続いていた直立ロボット路線から、昆虫や動物など低年齢層向けの親しみのある生き物をモチーフとしたものとなっている<ref>DARTS編『タイムボカン全集』[[ソフトバンク]]、1997年、p126</ref>。さらにシリーズ作品の多くで導入されていた「モノ探し」の要素も本作品にて復活している。その上で、「主人公が素性を隠して平素は三悪人と行動している」「イタダキマンの毎回の敵は妖怪であり、三悪人は妖怪の戦闘をサポートするセコンド的立場となった」「これまでメカに乗り込んで戦ってきたヒーロー自身が巨大化変身して戦う」など、新たなアイデアも導入している。また一方で、シリーズ2作目である『[[ヤッターマン]]』を除き、シリーズで長らく踏襲されてきた「タイムトラベル」要素は本作品では盛り込まれていない。
 
前作まで土曜18時台後半に放送されていた『タイムボカンシリーズ』であるが、本作品では1時間繰り下げる形で19時台後半へと移動した。当時フジテレビの同時間帯は、1980年3月に『[[欽ドン!|欽ちゃんのドンとやってみよう!]]』が終了して以降、後番組が軒並み半年以内で打ち切られていたこともあり、放送枠のてこ入れとして『タイムボカンシリーズ』を移動させたものの、本作品もやはり半年という短命に終わった<ref group="注">後番組として、『タイムボカンエクスプレス』や『タイムボカンウォーズ サッパリマン』といった作品も企画されていたが、いず本作品の打ち切りにより頓挫している。</ref>。チーフディレクターの笹川ひろしは、内容的には面白いものになったと自負していたする一方、低視聴率になった原因について「時間帯の変更により定着していた視聴習慣が新しい時間帯にはなかったのではないか」と分析している<ref name="sasagawa"/>。
 
また、シリーズのメインスポンサーだった[[タカトクトイス]]も、同時期にスポンサーになっていた『[[銀河疾風サスライガー]]』や『[[超時空世紀オーガス]]』の関連玩具の売上が振るわず、翌年の[[1984年]]に倒産している。
 
本作品の終了に伴い、『タイムボカンシリーズ』のテレビシリーズも、制作・放送局を[[テレビ東京]]に移した『[[タイムボカン2000 怪盗きらめきマン]]』(2000年)まで、長らくの休止期間に入ることとなる。
 
== スタッフ ==
前作まで[[シリーズ構成]]を担当していた[[小山高生|小山高男]]は、本作品ではゲストライターとしての参加のみに留まった。シリーズ構成を外された理由については、フジテレビ側のプロデューサー・[[岡正]]の意向によるところが大きく、マンネリという理由でシリーズ構成ではなく脚本のみの参加という要請を受けていたが、その脚本も1本(第7話)書いた時点で自らの宗教的な理由<ref group="注">「オチャカ校長にお釈迦様の霊が乗り移った」という設定に対して、霊の実在を認める立場である小山が「不謹慎だ」と反発したというもの。</ref>により降板している。これまでのようにシリーズ構成の役職のままだったら降板できなかっただろうと、結果的にシリーズ構成を外されたことをよしとしている<ref>小山著『霊もピチピチ生きている 実証・真光の業』リヨン社、1985年、p198-p199</ref>。
 
一方で現在は削除されているものの、小山の公式サイトにおけるタイムボカンシリーズの紹介ページでは、自身と山本正之がそれまでのポジションを降ろされた理由について岡との軋轢が背景にあったこと、また山本と小山が本作品の打ち切りに対して喝采をあげたことを本作品について触れた部分で言及しており、このような経緯から小山自身は本作品をタイムボカンシリーズとは見做していないという立場を取っている<ref>ぶらざあのっぽ公式ホームページ [http://web.archive.org/web/20030620063531/http://www.brother-noppo.com/noppo_bokan.html のっぽとタイムボカン] 2003年6月のキャッシュ</ref>。
: 2003年にイタダキマンのDVD-BOXが発売された際に、同時期発売の『タイムボカン』のDVD-BOX1・2の応募券と併せて送ることでプレゼントされた、書き下ろしの新曲。2009年に山本のアルバム『THE パカパッカン』に再録されている。
 
本放送当時、オープニング・エンディング・挿入歌2曲とBGM12曲収録のLPレコードが[[JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント|ビクター音楽産業]]から発売された。タイトルは「タイムボカンシリーズ イタダキマン音楽集」、BGMは、神保正明 作曲・9曲、山本正之 作曲・3曲(曲数はレコード帯の全16曲という記載にそったもの)。BGMの未収録分は後に『逆転イッパツマン』のオリジナルサウンドトラックでカバー、一部が補完されている(ただし<ref group="">次回予告で使用されたメロオケなどの主題歌のアレンジ関連およびサブタイトルやゾロメカの活躍シーンで多用されたBGMなどが未収録)を除く。</ref>
 
== 各話リスト ==
:: [[2003年]][[3月21日]]発売。
 
== その他の作品の登場 ==
* [[1993年]]に制作された[[オリジナルビデオアニメ|OVA]]『[[タイムボカン王道復古]]』の第1話では三蔵法子とサーゴ・浄が「オール3悪メカメカ猛レース」の観客として、レースの参加者として「二束三文トリオ」が登場。チーム名紹介の際、本来のチーム名である「二束三文トリオ」では呼ばれず、「ヤンヤンチーム」と呼ばれている。またメカの名前もデンデンメカではなくリュウコメカと呼ばれている。レース開始直後にトップに躍り出るものの、直後バナナの皮で滑ってリタイア。出番は最も短かった。さらにナレーションに「'''シリーズを象徴してますねぇ'''」と自虐ネタにされている。
* [[2000年]]に発売されたプレイステーション用ゲーム『[[ボカンGoGoGo]]』ではデンデンメカが自機として登場。ストーリー冒頭にて「'''競争が苦手'''」「'''一番最初にゴールを迎えた'''」と自虐つつも不思議な力を持った花・シュヤクノザを巡るレースに参加。レース勝利後には「私達脇役としても出足りない」と愚痴をこぼし、三悪で唯一ドクロベェの誘いに乗ろうとしたが、直後にイタダキマンが現れ「いくら日の当たらない生活が長いからって、こんなアイテムに頼ってちゃお終いだぜ」と制裁された。
 
 
== 関連項目 ==
* [[未来警察ウラシマン]] - 本作品と同じく、タツノコプロが制作を手掛けたテレビアニメ。放送開始当初は日曜18時時台前半にて放送されていたが、本作品の開始と同時期に『タイムボカンシリーズ』の放送枠だった土曜18時時台後半へと移動。
 
== 脚注 ==
|放送局=[[フジネットワーク|フジテレビ系列]]
|放送枠=土曜19:30 - 20:00
|番組名=タイムボカンシリーズ<br />イタダキマン<br />(1983年4月9日 - 9月24日)<br />本番組までテレビアニメ
|番組名備考=※本番組までテレビアニメ
|前番組=[[パタリロ!|ぼくパタリロ!]]<br />(1982年10月9日 - 1983年3月26日)<br />※金曜19:00 - 19:30に移動
|番組=[[みんな出て恋恋来いパタリロ!|ぼくパタリロ!]]<br />(1983(1982年10月89日 - 19841983年3月2426日)<br />※同番組よりバラエティ番組
|前番組備考=※金曜19:00 - 19:30に移動
|次番組=[[みんな出て恋恋来い!]]<br />(1983年10月8日 - 1984年3月24日)
|次番組備考=※同番組よりバラエティ番組
}}
{{タツノコプロ}}