「デュッラキウムの戦い」の版間の差分

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さらにポンペイウスは、海からの攻撃も加えカエサル軍を圧倒した。南側はカエサル軍の弱点であり、なすすべもなくカエサル軍の兵の多くは遁走したため、カエサル軍は恐慌状態に陥って32本の軍旗を奪われ、カエサルも危うく命を失うほどの完敗であった。実際にカエサルは撤退せずに向き直って立ち向かうように兵士に指示したが、その兵士がかえって逆上して、危うくカエサルを斬り殺しそうになったと伝わっている。ただし、ポンペイウスはカエサル軍の余りの負けっぷりに、罠を仕掛けているのでは思ったことから、追撃を止めた。これはカエサルにとっては幸運であった。「もしあのとき、敵軍の誰か1人でもそう望んだなら、今日勝利は彼らのものであった」とカエサルは後に語った。
 
カエサルは[[テッサリア]]へ撤退していった。ポンペイウスは追跡に慎重であったが[[ルキウス・ドミティウス・アノバルブス (紀元前54年の執政官)|ルキウス・ドミティウス・アノバルブス]]や[[ルキウス・アフラニウス]]ら、功を焦った強硬なカエサルの政敵たちによる突き上げによりカエサルを追跡したことで、古代ローマ最大の激戦とも称される[[ファルサルスの戦い]]が行われることになる。
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[[Category:紀元前1世紀の戦闘]]