「モノポリー」の版間の差分

→‎概要: 「歴史の部屋・ジャパニーズヒストリー」とは何でしょうか。書籍なら出版社名と発行年(雑誌ならさらに巻号数も)、および参照したページの情報がないと出典を示したことになりません。ウェブサイトならURLと閲覧日の情報も必要です。テレビやラジオの番組であれば一般的には出典として利用できません。
(→‎概要: 「歴史の部屋・ジャパニーズヒストリー」とは何でしょうか。書籍なら出版社名と発行年(雑誌ならさらに巻号数も)、および参照したページの情報がないと出典を示したことになりません。ウェブサイトならURLと閲覧日の情報も必要です。テレビやラジオの番組であれば一般的には出典として利用できません。)
[[1966年]]に[[ビートルズ]]が来日した際には、ファンが殺到しホテルに缶詰になっていたため、彼らはホテルでモノポリーに熱中していたといわれる<ref name="快楽モノポ"/>。
 
{{要出典範囲|date=2021-05-14|日本での知名度が一躍高まる契機となったのは[[1986年]][[8月25日]]<ref>[http://www.asahi-net.or.jp/~jb5y-kkfd/t1986.html]</ref>に放送された[[森田一義アワー 笑っていいとも!]]内のコーナー[[テレフォンショッキング]]に出演した[[糸井重里]]<ref>[http://www.asahi-net.or.jp/~jb5y-kkfd/t1986.html]</ref>がモノポリーを紹介したことである<ref>[[ザ・モノポリーゲーム2]]歴史の部屋・ジャパニーズヒストリーより</ref>{{Full citation needed|date=2021-05-14}}}}
 
勝負事が好きな[[棋士 (将棋)|棋士]]の間でも、1980年代末から[[1990年代]]にかけてモノポリーが流行した。地方対局にも対局用品と共に携帯し、昼の対局で火花を散らした棋士同士が、夜は棋士仲間やスタッフも加えて仲良くモノポリーに興ずる光景が見られた<ref>『世界チャンピオンが教えるモノポリー』(P.100 - 101) より</ref><ref>「[[島朗#人物]]」も参照。</ref>。1989年の[[竜王戦]]の初日終了後には[[島朗]]と[[羽生善治]]が対局者同士でモノポリーを楽しんだという。