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'''ジョン・ワトソン'''(John Watson、[[1847年]][[2月25日]] - [[1939年]][[1月27日]])は、イギリス出身の[[カナダ]]の[[哲学者]]。建国間もないカナダを代表する哲学者であった。[[ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル|ヘーゲル]]の哲学の影響を受けて、8冊の本と200本以上の論文を執筆。後の、カナダの哲学の、ひいてはカナダ国家の指針を決めた人物であると言われている。カナダ学士院のメンバーでもあった。
 
ヘーゲルの哲学に多大に影響され、後には建国期のカナダに宗教や政治の概念にも大きな影響を与えた。カナダの哲学者のなかでは唯一[[エディンバラ]]大学の[[ギフォード講義]](これは、[[スコットランド]]の諸大学が協同で主催している神学の講座の名称で、[[ウィリアム・ジェームズ]]も講義したこともある。一流の学者しか講義できなかった)に招聘された人物でもある。これらの講義は、『宗教的経験の解釈』(1910年-1912年)として出版された。
 
ワトソンの哲学的関心は、宗教の形而上学的考察で、かれはキリスト教の合理主義的解釈を提唱していた。主著となる『キリスト教と観念論』はその成果である。またかれは、理性的に一般の人びとが連結できことを望み、[[カナダ合同教会]]の創設にも尽力した。またワトソンは、優れた[[イマヌエル・カント|カント]]学者でもあり、初期の作品でもある『カントとその英国(哲学)批判』(1881年)、『カントの哲学』(1888年)、『解明されたカントの哲学』(1908年)は有名で、カナダにおいてカント研究に携わっている人にとっては、いまだに重要な研究書である。また、学生向けの哲学入門に関する書物も多い。ワトソンのわかりやすさおよびユニークな注釈によってかれの出版物の人気もあがり、第一次世界大戦の余波で『国家の中の平和と戦争』(1919年)を執筆。人気を得る。この著のなかでワトソンは、寛容さと多文化的な統合に基づいた世界政府を促すことを説いていた。カナダにおける文化的多元性および平和の問題が、かれの晩年の課題であった。
 
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