「ラダック」の版間の差分

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((修正前)ラダックは一年を通して日中の寒暖差が大きく、夜には20℃を下回ることもある。→(修正後)-20℃を下回ることもある。)
 
=== 近現代 ===
第二次世界大戦後、[[カシミール紛争]]に伴って、1947年にバルティスターンの大部分がパキスタンの実効支配地域『北方地域』(現[[ギルギット・バルティスターン州]])と改称された。1949年、[[中華人民共和国]]は、ヌブラと[[新疆ウイグル自治区|新疆]]の境界を閉鎖し、[[アクサイチン]]地方は[[実効支配]]下となった。この結果、狭義のラダック地方とザンスカール地方がインド支配地域となり、レーに置かれたラダック自治山間開発会議がこの地域の事実上の地方政府となっている。このような激動の歴史にもかかわらず、インド連邦に対する忠誠的な姿勢のおかげで<!--Thanks to its adherence to the Indian Union, itsの指す意味が不明-->、インド支配下のラダックは8世紀から続く文化的、宗教的な遺産を失わなかった。また、貴重なチベット文化、社会、建造物が残ったのは、中国の[[文化大革命]]の破壊から守られたことも一因である。国境紛争以来、ラダックは外国人立入禁止地域となっていたが、[[1974年]]になって外国人の立ち入りが開放されて以降、多くの旅行者がラダックを訪れるようになった。
 
[[1999年]]、{{仮リンク|カールギル戦争|en|Kargil War|label=カールギル紛争}}が勃発。インドとパキスタンの間で、カルギル地区のカシミールと軍事境界線をめぐる紛争が起こった。
 
ラダックの陸路整備は、カシミール紛争をきっかけに進んだ。インド・ラダック境界線を防衛する軍によって、道路の補修、除雪など整備されている。ラダックの国境や境界線に近い地域では、軍用の車両が多く行きかい、チェックポストなども多数設けられている。
 
2020年8月、インド政府はザンスカールにアクセスするためのトンネルの開発を発表した。トンネルは、レー・マナリ・ハイウェイのパセオ村(南ポータル近く)からザンスカール地域のラカン村(北ポータル近く)までの間に建設される予定である。トンネルが開通すれば、ダルチャからシンゴラ峠を超えて、ルンナク川沿いに移動し、パドゥムまでアクセスすることができる。また、マナリとレーの間で全天候型道路が開通し、冬季物流が途絶えていた状況が改善すると見込まれている。さらに2023年末までには、二車線道路が完成する予定である<ref>{{Cite news|title=High road at Chilling: India builds Himalayan bridges and highways to match China|first=Devjyot|last=Ghoshal|date=29 September 2020|newspaper=Reuters|url=https://www.reuters.com/article/us-india-china-road-idUSKBN26K1F7}}</ref>。
[[ファイル:IXL Front 2010.jpg|サムネイル|200x200ピクセル|クショク バクラ リンポチェ空港]]
 
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