「劉子輿」の版間の差分

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{{混同|x1=[[前漢]]の皇族|劉子輿 (前漢)}}
 
'''劉子輿'''(りゅう しよ、? - [[466年]])は、[[宋 (南朝)|南朝宋]]の[[皇族]]。廬陵王。孝武帝[[孝武帝 (南朝宋)|劉駿]]の二十一男。[[字]]は孝文。
 
 
子はなく、桂陽王[[劉休範]]の次男の劉徳嗣が後を嗣いだ。
 
後に新代の群雄の1人である[[王郎]]は、殺害された劉子輿の名を騙り、自身こそが本物の劉子輿であると詐称し天子を名乗った。
 
== 伝記資料 ==