「煉獄」の版間の差分

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カトリック教会の伝承では、煉獄は「清めの火」というイメージで語られ、その由来は教会の古くからの伝承だけでなく、『[[コリントの信徒への手紙一|コリントへの第一の手紙]]』3章13-15節 や『[[ペトロの手紙一]]』1章7節などなど聖書のいくつかの箇所に基づいたものだと説明する。また、『[[マタイによる福音書|マタイ福音書]]』12章32節 の記述から「ある罪はこの世で、他のある罪はあの世でゆるされ得る」と解釈できることが、煉獄の存在の根拠だとしている<ref name="Cathechism1031" />。
 
{{Quotation|各々の仕事の価値は、はっきりわかるようになる。かの日がそれを現わすだろう。主の日は火の中に現れ、各々の仕事の価値はその火によって試されるからである。土台の上に立てた建物がそれに耐えれば、建てた人はその報いを受ける。もしその仕事が焼ければ、損失を受けるが、彼自身は火を通るようにして救われる。<br>|「コリントへの第一の手紙」 3章13-15節 ([[フェデリコ・バルバロ|バルバロ訳]])}}
''「コリントへの第一の手紙」3章13-15節'' ([[フェデリコ・バルバロ|バルバロ訳]])}}
 
{{Quotation|言葉で人の子に逆らう者は許されるが、言葉で聖霊に逆らう者はこの世においても来世においても許されることはない。<br>|「マタイによる福音書」12章32節(バルバロ訳)}}
''「マタイによる福音書」12章32節'' (バルバロ訳)}}
 
さらに、煉獄の教えは、[[旧約聖書]]([[第二正典]])の『[[マカバイ記|第二マカバイ記]]』12章45(-46)節の、罪のうちに死んだ死者達のための祈りの習慣にも見られるとしており、カトリック教会は初期の時代から、「死者の記念を深い敬愛の念を以って尊び」、罪から解かれるよう、死者のために祈りを捧げてきた<ref>南山大学監修『第2バチカン公会議公文書全集』サンパウロ、教会憲章50、p.88</ref>。
 
{{Quotation|実に死んだ人達の蘇りを希望していなかったら、死者の為に祈ることは無益な、空しいことであったろう。
彼は敬虔に眠りに入った人達に、素晴らしい報いが準備されていると考えていた。これは聖い信心深い考えである。その為に、彼は死者の為の償いの生贄を捧げ、罪から解き放とうとした。<br>|「マカバイの書下」 12章45(-46)節 (バルバロ訳)}}
''「マカバイの書下」 12章45(-46)節'' (バルバロ訳)}}
 
上述のマカバイ書の記述は、直接的には復活と代祷の有効性を認めたものだが、間接的には中間的状態を認めたものと言える。なぜなら、後の世で復活前に補うものがなければ、信者の代祷には意味がないからである<ref name="Satowaki p61-62">里脇浅次郎 『カトリックの終末論』 pp.61-62</ref>。
 
=== 免償 ===
'''免償'''({{Lang-la|indulgentiae}})とは、「罪科としてはすでに赦免された罪に対する有限の罰の神の前におけるゆるし<ref>『カトリック教会のカテキズム』1471節 (日本語版451頁)</ref>」のことで、人がこの世で犯す罪は「ゆるしの秘跡」によって赦されて神との交わりを回復するが、その罪の償いとも言える苦しみ(有限の罰、すなわち煉獄)が残るため、それを減免するために祈りや[[秘跡]]、善行など教会の定めを通して得られるとされているものである。この免償を、煉獄の霊魂の救いのために捧げることが、カトリック教会で伝統的に勧められてきた。この免償の、教会・[[教皇]]による証明書が「[[贖宥状]](免償符)<ref>{{Refnest|group="*"|かつて[[第2バチカン公会議]]以前は、日本のカトリック教会では免償のことを「贖宥」と訳していた。これは罪そのものを赦したり免ずるものではなく、罪の'''償い'''を免ずるものであり、よく言われる「免罪符」は誤訳である<brref>(参考)[http://www.kyoto.catholic.jp/new/backno/045.pdf 教区時報 第45号(PDF)],p2 1974年(昭和49年)4月15日 [[カトリック京都司教区]]<br/ref><ref>(参考)[http://www1.cncm.ne.jp/~toguchi/ozaki_philosophy/29.htm 尾崎明夫神父の「みなさんちょっと聞きなはれ」 第29回「免罪符」のウソ] </ref>。}}」であり、これを金銭で販売・売買していたことが教会の腐敗につながり、[[マルティン・ルター]]による[[宗教改革]]の発端ともなった。免償符の販売は、その後[[トリエント公会議]](1543年 - 1563年)で廃止された。
 
== 他教派による批判 ==
 
== 脚注 ==
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=== 注釈 ===
{{Reflist|group="*"}}
=== 出典 ===
{{Reflist|30em}}
 
== 参考文献 ==
* 田中治郎『世界の地獄と極楽がわかる本』 ([[PHP研究所]]、2010年) ISBN 978-4-569-77384-1 <sup>&#91;[[Wikipedia:検証可能性|検証可能性]] &ndash; [[ノート:煉獄#検証可能性|ノート]]&#93;</sup>
* {{Cite book | 和書 | author=[[松田隆美]] | title=煉獄と地獄: ヨーロッパ中世文学と一般信徒の死生観』( | publisher=ぷねうま舎 | year=2017年) ISBN| isbn=978-4906791743 | ref={{SfnRef|松田|2017}} }}
 
== 関連項目 ==
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