「タイタン (芸能プロダクション)」の版間の差分
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[[1990年]]、当時[[太田プロダクション]]に所属していた爆笑問題が、自らがやりたい仕事をやりたかった事とスカウトした人物にそそのかされた事が重なって独立するものの、それが太田プロの怒りを買う事になり、事務所の力関係からいわゆる「干された」状態となり、仕事の無い状況が続いた。
[[1993年]]、太田プロに復帰できそうになるも光が「戻らない」と言い出したこと
創業直前に、前述の形で退社した太田プロと話し合いを行い、タイタン設立を承諾され、設立直後は壁にぶつかる度に太田プロに相談を持ち掛ける事もあった。
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光代の営業努力と爆笑問題の台頭もあり次第に評価を高め、その後[[株式会社 (日本)|株式会社]]化し、所属タレントを増やしながら、現在に至る。
売上について、[[2009年]][[4月22日]]に[[MBSテレビ|MBS]]・[[Japan News Network|TBS系]]で放送された番組『[[クメピポ! 絶対あいたい1001人]]』で、
[[2014年]][[6月]]、
[[2014年]][[9月]]に[[辻仁成]]が移籍してきたことから[[映画]]製作にも進出し、辻が監督を務める『[[東京デシベル]] TOKYO DECIBELS』(2017年5月20日公開)がその第1作となる<ref>[http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/436714/ 辻仁成監督が長井秀和に演技指導しないワケ] - 東京スポーツ・2015年8月19日</ref>。
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