「エマヌエル・スヴェーデンボリ」の版間の差分

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== 生涯 ==
父イェスペル・スヴェードバリ([[w:Jesper Swedberg|Jesper Swedberg]])は、[[ルーテル教会]]の[[牧師]]であり、スウェーデン語訳の[[聖書]]を最初に刊行した人物である。エマヌエルは、その次男として[[ストックホルム]]で生まれる。11歳のとき[[ウプサラ大学]]入学。22歳で大学卒業後[[イギリス]]、[[フランス]]、[[オランダ]]へ遊学。28歳のとき[[カール12世 (スウェーデン王)|カール12世]]により王立鉱山局の監督官になる。31歳のとき[[貴族]]に叙され、スヴェーデンボリと改姓。数々の発明、研究を行ないイギリス、オランダなどへ頻繁にかける。
 
[[1745年]]、[[イエス・キリスト]]にかかわる霊的体験が始まり、以後[[神秘主義]]的な重要な著作物を当初匿名で、続いて本名で多量に出版し、出版で得た全報酬は寄付(『スヴェーデンボリ その生涯と教え』トロブリッジ著より)した。ただし、[[スウェーデン国教会|スウェーデン・ルーテル派教会]]をはじめ、当時のキリスト教会からは異端視され、異端宣告を受ける直前にまで事態は発展するが、王室の庇護により、回避された。イエス・キリストからの啓示をその僕として書き記す霊覚者への転向はあったものの、その後国会議員にまでなった。
 
スヴェーデンボリは神学の書籍の発刊をはじめてからしばしばイギリスに滞在した。[[1771年]]の夏に[[ロンドン]]に旅し、その地で翌[[1772年]][[3月29日]]に没した。
 
== 神学・神秘主義思想 ==
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