「南方熊楠」の版間の差分

1905年(明治38年) - 4月より夜寝る前に[[ウィリアム・シェイクスピア|シェイクスピア]]全集を読むことを日課とし、興が乗ると翌日朝にも続けて読んだ。日記に掲載されているだけでも23作品をこの時期に読破している<ref name="jiten6" />。6月ディキンズとの共訳『[[方丈記]]』の掲載された『王立アジア協会雑誌』1冊と抜刷11冊が送られる。
 
1906年(明治39年) -2月、[[アーサー・リスター]]からジェップを通じて熊楠の送った47種の日本産変形菌の同定に関する手紙が送られる<ref name="jiten6" />。7月、 田辺の[[闘鶏神社]][[宮司]]田村宗造の四女松枝と[[結婚]](熊楠40歳、松枝28歳)6月 - [[タブノキ]](クスノキ科)の朽ち木から採集した粘菌の一種が[[記載|新種]]と認められた。熊楠が発見した10種の新種粘菌のうち最初のもの{{Efn|発見場所は、稲荷村(現田辺市)の糸田にある猿神祠(古くは山王権現社と呼ばれていた)で、高山寺のある台地の会津川に臨む見晴らしの良い場所にあった{{sfn|飯倉|2006|p=206}}。}}。
 
1907年(明治40年) - 前年末発布の[[神社合祀令]]に対し、[[神社合祀#合祀反対運動|神社合祀反対運動]]を起こす。6月24日 - 長男熊弥誕生{{sfn|飯倉|2006|p=200}}。2月8日より「田辺抜書」を開始する。田辺図書館、田辺中学、[[法輪寺]]、[[闘鶏神社]]などで借りた本の妙写<ref name="jiten6" />。9月バートン版の『[[千夜一夜物語|アラビアン・ナイト]]』12冊を購入。就寝前の読み耽る<ref name="jiten6" />。
匿名利用者