「交響曲第9番 (ベートーヴェン)」の版間の差分

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ベートーヴェンは第5、第6交響曲、および第7、第8交響曲を作曲したときと同じように、当初は2曲の交響曲を並行して作曲する計画を立てていた。一つは声楽を含まない器楽のみの編成の交響曲であり、さらに別に声楽を取り入れた交響曲『ドイツ交響曲』の制作を予定していた。しかし様々な事情によって、交響曲を2つ作ることを諦めて2つの交響曲のアイディアを統合し、現在のような形となった。歓喜の歌の旋律が作られたのは[[1822年]]頃のことである。なお、当初作曲されていた第4楽章の旋律は、のちに[[弦楽四重奏曲第15番 (ベートーヴェン)|弦楽四重奏曲第15番]]の第5楽章に流用された。[[1824年]]に初稿が完成。そこから初演までに何度か改訂され、[[1824年]][[5月7日]]に初演(後述)。初演以後も改訂が続けられている。楽譜は[[1826年]]に[[:en:Schott Music|ショット社]]より出版された。
 
この作品は、当初は[[ロシア皇帝]][[アレクサンドル1世 (ロシア皇帝)|アレクサンドル1世]]に献呈される予定だったが、[[崩御]]により[[フリードリヒ・ヴィルヘルム3世 (プロイセン王)]]に献呈された。
 
== 初演 ==
431,863

回編集