「巨勢少麻呂」の版間の差分

 
翌神亀6年([[729年]])2月に発生した[[長屋王#長屋王の変|長屋王の変]]においては、少納言として[[弁官|左中弁]]・[[小野牛養]]と共に[[親王]]・[[公卿]]に従って[[長屋王]]邸に赴き、罪の糾問にあたる。長屋王の変終結後に行われた3月の叙位において、先の外位叙位者と共に内位の従五位下に叙せられた。[[天平]]5年([[732年]])従五位上に至る。
 
[[和歌]]が『[[万葉集]]』に採録されている。(1645)
 
== 官歴 ==