「エリーザベト・フォン・ゲルリッツ」の版間の差分

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'''エリーザベト・フォン・ゲルリッツ'''('''Elisabeth von Görlitz'''、[[1390年]]9月? - [[1451年]][[8月2日]])は[[ルクセンブルク公|ルクセンブルク女公]](在位:1411年 - 1443年)。[[ルクセンブルク家]]最後の[[ルクセンブルク]]領主。父は[[神聖ローマ皇帝]][[カール4世 (神聖ローマ皇帝)|カール4世]]の息子[[ゲルリッツ]]公ヨハンの一人娘で相続人。母方の祖父は[[スウェーデン君主一覧|スウェーデン王]]兼メクレンブルク=シュヴェリーン公[[アルブレヒト (スウェーデン王)|アルブレヒト]]の娘リヒャルディス
 
伯父の皇帝[[ジギスムント (神聖ローマ皇帝)|ジギスムント]]は自身の従兄[[ヨープスト (ブランデンブルク選帝侯)|ヨープスト]]と抗争中、既にヨープストの所領ルクセンブルク公領を抵当に入れてエリーザベトから借金をしていた。これに対する返済の一種として、エリーザベトはルクセンブルク女公の座を手に入れた。