「教育ニ関スル勅語」の版間の差分

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== 文法誤用説 ==
教育勅語に文法の誤用があるという説がある。すなわち、原文「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」部分の「アレバ」は、条件節を導くための仮定条件でなくてはならず、和文の古典文法では「[[未然形]]+バ」、つまり「アラバ」が正しく、「アレバ」は誤用である、とする説である。しかし、教育勅語は[[漢文訓読]]調であるから、条件節であっても「[[已然形]]+バ」とするのが普通で誤りではない<ref>清湖口敏 産経新聞 2017.6.28</ref>。古文でも、万葉集「瓜食めば……」百人一首「明けぬれば……」は、瓜を食うといつも、という恒常条件を表し、誤りではない<ref>清湖口敏『産経新聞』2017.6.28</ref>
 
1910年代に中学生だった[[大宅壮一]]が[[国語 (教科)|国語]]の授業中に教育勅語の誤用説を主張したところ教師に諭された、と後に回想している<ref>{{Cite book|和書
|isbn = 4-87346-077-8
}}</ref>で「「アレバ」は「アラバ」の誤りなれば」として「秋風が鬱の顛頂かすめたり「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」」の歌がある。
 
「誤用である<ref>週刊文春 2017.3.30日号</ref>」と書いた[[池上彰]]を念頭に[[加地伸行]]は、漢文の造詣で超一級の[[井上毅]]、[[元田永孚]]にケチを付けるとは、「身のほど知らずのチンピラである」と語る<ref>『WiLL』 2017.6月号</ref>。
 
[[高島俊男]]は「文法のまちがいである」とした上で、「ただしこれは元田永孚の無学無知によるもの、とばかりも言い切れない。江戸時代以来、漢文先生は、国文法には一向に無頓着で、―そもそも彼らには漢文に対する敬意はあるが日本語に対する敬意はないから当然のこととして無頓着であったのだ―」と述べ、元田が前述の漢文訓読の慣行に従ったもの、とする見解を示している<ref>{{Cite book |和書 |author=高島俊男 |title=お言葉ですが… 第11巻 |publisher=連合出版 |date=2006-11 |page=164 |ref=高島俊男 }}</ref>。