「風の谷のナウシカ (映画)」の版間の差分

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=== 実現しなかった続編と外伝 ===
[[1986年]]の『[[天空の城ラピュタ]]』特別試写会の際、挨拶に立った製作者の徳間康快はナウシカの続編映画を依頼しているが、宮崎が期待に応えてくれないことを明かし、今後も会う度にしつこく頼んだり手紙を出していくと語った<ref>「これがヒットしなければ日本のアニメに明日はない がんばれ『ラピュタ』!!」『[[コミックボックス]]』VOL.33 1986年10月号、pp.16-17</ref>。漫画作品の連載がクライマックスを迎えた1993年頃には映画会社内で続編が企画されていたが、続編を作らない主義の意向を貫く宮崎駿の意向反対により企画は立ち消えとなった<ref name="nikkeibp">{{cite web |url=https://web.archive.org/web/20081004233709/http://premium.nikkeibp.co.jp/itm/col/suzuki/143/ |author=鈴木貴博 |title=ビジネスを考える目 第143回 映画『風の谷のナウシカ2』は実現するのか |publisher=ITマネジメント |accessdate=2008-09-11}}([[インターネットアーカイブ]])</ref>。
 
原画として参加した[[庵野秀明]]は、後に作中の登場人物クシャナを主人公にした外伝を作りたいと申し出るが、宮崎駿は庵野の企画を「戦争ごっこをやりたいだけなのだ」とし、「くだらない最低のものになるのが決まっているから」と却下していた<ref>「少し前よりもナウシカの事が少しわかるようになった。 ロング・インタビュー宮崎駿」『コミックボックス』VOL.98 1995年1月号、p.21</ref>。しかし[[2011年]]頃になって宮崎がアニメ映画『[[風立ちぬ (宮崎駿の漫画)|風立ちぬ]]』制作中に体調不良で病院で検査することになり、その際に死を覚悟して心変わりを起こす。庵野が『風の谷のナウシカ』をやることを許す気になり、宮崎は自分も亡くなった人の作品を原作にやりたいようにやったのだから、庵野もやるのなら原作通りではなく好きなようにやることを希望した<ref>「風立ちぬ 宮崎駿(監督)×庵野秀明(主演)×松任谷由実(主題歌)、90分トーク!」『[[キネマ旬報]]』2013年8月上旬号、p.66</ref>。自身で続編を制作することについては2013年9月の引退会見で明確に否定している<ref>[https://web.archive.org/web/20130907031341/http://mainichi.jp/enta/news/20130906mog00m200014000c.html 「宮崎駿監督:ナウシカ続編『ありません』 引退会見の主な発言」]『[[毎日新聞]]』2013年9月6日(インターネットアーカイブ)</ref>。